093. ――幕引キ?


 膝を着いたルートエフは、立ち上がるには間に合わないと覚ったのか、透かさず剣を弓に変形させ、膝を着いたまま矢を放つ。束のように放たれた、矢の数は五本。


 その狙いは全て、今西。


 あいつ、この戦いの中で、今西の方が場数を踏んでいると覚ったらしい。確かに俺がピンチになる度に飛んで来てくれて、かつ骸の牙を破壊する際は、かなり派手な貫通能力を付加した攻撃も放っている。正直に魔力も体力も、今西の方が明らかに消耗しているだろう。手練れかつ疲労が溜まっている方を、目敏く見抜いたルートエフの矢が襲い掛かる。


 今西も消耗を見抜かれた事を気付いたようで、鬱陶しげに顔を歪めると足を止め、付力魔法をかけた剣を左に薙ぎ、一気に矢を叩き落とす。……止まってしまうとは矢張り、それだけ体力が落ちて来たという事だろうか。


 俺は今西が足を止めるのと同時に、脚に付力魔法をかけ、無防備になったルートエフまでの距離を埋めようと加速した。


 矢を放ち、無防備になったルートエフは……。徐に翳した空のままの左手を、俺へ向けた。


 その意味に気付いた俺は、慌ててルートエフの向こうを見る。


「こいつっ……!」

 

 島の方からがしゃがしゃと、バラバラになっていた骸の獣が、その身を組み直しながら向かって来た。


 ――矢を放ったのは、迎撃ではなく時間稼ぎか!


 あっと言う間に距離を詰めて来た骸の獣は、ルートエフを跳び越えるように氷を蹴り、大顎を開けて襲い掛かる。鼻先に迫る骸の獣の牙に、堪らず身を引きながら剣を翳した。距離を取られた大顎はばくんと虚しくくうみ、そのまま突っ込んで来る骸の獣を、翳した剣で受け止める。


 骸の獣は俺と接触した瞬間頭をもたげ、俺を高く空中へ打ち上げた。俺はぐわっと風を切る音と共に身体を運ばれ、視界を眼前に広がっていた骸の獣の顔から、三人を俯瞰するような氷上の景色にと切り替えられる。


 今西が危ない。


 俺が氷上から空へ放り出された事により、今西と骸の獣、ルートエフまでの間合いがガラ空きになる。でも足場が無い空中では、上手く身動きが出来ない。


 足元では、骸の獣が今西へ突進し、その奥で弓を構えたルートエフが、今西を狙い矢をつがえる。


「――今西ッ!」


 息を飲んだ今西は、突っ込んで来た骸の獣を、左に跳んで往なした。だがその瞬間を狙っていたように、ルートエフが矢を放つ。一本、二本、三本と、そのまま左へ跳んで躱す今西だが、四本目を躱したと同時に後ろへ急旋回していた骸の獣が、背後から今西を突き飛ばした。


「がッ……!」


 血を吐いた今西は仰け反るように、ルートエフがいる方向へ飛ばされる。


 まだ、俺の身体は地に着かない。


 どうする。どうすればいい。


 ルートエフはそのまま、止めを刺すように矢をつがえた。


「……やめろおおおおおお!!」


 俺は空中で身を捻りながら、腰から抜いた鞘を、今西とルートエフの間に投げ付ける。


 付力魔法をかけた鞘は、群青の尾を引き、氷に突き刺さった。衝撃で氷を砕き、ルートエフが今西へ放った矢を吹き飛ばす。


 だが今西の後ろからは、骸の獣が大顎を開けて迫った。


 俺はやっと着地するが、落ちたのは骸の獣の目の前。


 躱したいが、間に合わない。


 俺は骸の獣に向き直ると、今西を守ろうと、剣で骸の獣を受け止めた。接触の瞬間に、全身に付力魔法をかけて踏ん張る。車にでもぶつかられたような衝撃に襲われ、足元の氷が砕けた。


「ぎっ……!」


 砕けても構わない程、歯を食い縛る。


 一歩も、下がるもんか……!


 後ろには、倒れた今西がいるんだ!


「――おおおッ!」


 全身の力を込めて踏み出し、骸の獣を押し返した。吹き飛ばされた骸の獣は、後ろに大きくよろめく。


 その隙に振り返ると、何とか起き上がろうとする、今西に駆け寄った。


「今西!」


 抱き起こそうと今西の側に屈み、肩に腕を伸ばす。だがその瞬間、得体の知れない悪寒が身体を走った。俺が骸の獣を押し返す間に、ルートエフが放っていた一矢が、氷に伏せる今西を襲う。


 矢は黒い光で尾を引き、魔力を纏っている。


 ――剣で弾き返すか。


 いや、もう間に合わない。


 俺は咄嗟に全身に付力魔法をかけると、今西を抱き起こしながら、ルートエフに背を向けた。魔力を纏った氷の矢が、俺の右肩を貫く。 


「ぐあっ!?」


 ――貫通能力を施してたのか……!


 背負ったリュックも、付力魔法で全身を強化したのも虚しく、俺の右肩を射抜いた氷の矢は、前方に飛んで行くと氷上に突き刺さった。


 穴を開けられた右肩からは血が噴き出し、右腕には力が入らなくなる。


「荒井君ッ!!」


 俺の腕の腕の中で、起き上がった今西が叫ぶ。


 だが、後ろへ押し返された骸の獣が体勢を建て直し、こちらへ突進してきた。


 今西はそれに気付くが、再びルートエフが放った矢を、俺から身を乗り出すと剣で弾き返す。


 然しもうその背後には、骸の獣が。


「……!」


 今西の、息を飲む音が聞こえた。



 俺はその場に崩れるように、左手を前へ翳す。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る