091. 手を伸ばせ!


 ルートエフは右腕の剣を翳し、俺の万喰らいを頭の上で受け止める。


「ぐっ……!」


 思わず呻いた。


 何せルートエフの剣は地面と接触したような、とんでもなくどっしりとした存在感を纏っていたのだ。


 だが、今西に凍傷を負わせた氷の魔法を、今は剣に纏わせていない。今西の読み通りだったのか――? なら押し返されまいと、更に全身に付力魔法をかける。するとルートエフは、左腕も魔法を使うような素振りを見せず、慌てて柄を握った。


 いける。


 手応えを感じ、前に踏み出すと、鍔迫り合いに持ち込んだ。押し込まれたようにルートエフが、一歩下がる。


 初めてルートエフに、僅かであるが有利な状態に持ち込めた。


 やっぱり今西の読みは、正解だったんだ。


 ならこのチャンス、逃がして堪るか!


 剣を身体で押し込みながら、左足を振り上げた。腹を蹴られたルートエフは、僅かにふらついて後退り、互いの剣が離れる。


 重い。思ったよりよろめかない。


 鎧の所為か。


 象でも蹴り付けたような気分だ。


 だがその僅かな隙に、前進しながら剣を一旦下ろすと、刃を空へ翻しつつ斬り上げた。まだふらついていたルートエフは、その全身を覆っている鎧の重厚さを疑うような身軽さで、バック回転をするとギリギリ往なす。俺の万喰らいが、虚しく空を切った。


「野郎っ――」


 舌打ち交じりに更に踏み出し、着地の瞬間を狙った。だがルートエフは頭上に左腕を翳すと、振り下ろしたばかりの万喰らいを掴む。


 火花が散った。


 ルートエフの方から空気が、妙に冷え込んでいくのを感じる。見ると万喰らいが掴まれた辺りから、刀身が凍り付いていく。


 ――今西に傷を負わせた、氷の魔法だ!


 俺は、咄嗟に柄から離した左手に付力魔法をかけ、ルートエフの左腕を殴り付けた。だが威力が足りないのか、びくともしない。その間にも万喰らいは、どんどん薄い氷の膜を纏い、凍り付いていく。


「く……!」


 透かさずルートエフは立ち上がりながら、右の剣を放った。掬うように振り上げられた漆黒の剣が、俺の右脇腹から左肩へと、斬り結ぶように襲い掛かる。


「……!」


 咄嗟に剣を手離し、大きく後ろへ跳び退った。


 距離を取る直前、鼻先を黒い閃きが、雪を斬りながら駆けていく。


 その隙に立ち上がったルートエフは、左に握った万喰らいを、バトンのようにくるりと回して柄を握った。


 やばい。


 全身から、体温がさっと引く。


 二刀流になったルートエフが、俺を斬り伏せようと踏み出した。


 ふっと、俺の背中の向こうから、鳥でも飛んで行ったように影が走る。


 いや――鳥じゃない。


 それが何か分かった瞬間、ルートエフと俺の間に、空から巨大な骨が飛んで来た。


 左から右へダーツの矢のように、人間ぐらいのサイズがある三本の巨大な骨が、柵を作るように氷上へ突き刺さる。骨の柵を挟む格好になった俺とルートエフは、思わず衝撃に腕を翳した。


 蒼い閃光が、俺の頭上を高く駆ける。


 今西だ。


 右に剣を握り、回収した鞘は腰に下げ、左腕には、今し方氷に突き刺した骨を抱えていた。きっと、骸の獣だったものだろう。後ろを振り返って確かめるが、奴が追いかけて来る気配が無い。俺がさっき、ルートエフに氷の魔法を使わせた事により、骨の魔法への集中力を切ったのだ。


 骨の柵を跳び越えた今西は、最後の一本であり、四本目の骨をルートエフに放つ。


 氷から顔を庇おうと、左腕を翳していたルートエフは、胸に骨を受け、後ろにぶっ飛ばされた。でもそれでも、鎧の所為か思うように距離は伸びない。今西はその隙に着地すると、透かさずルートエフへ駆け出した。


 だが二刀流になったルートエフは動じず、両足で氷の上に踏ん張ると、今西を迎え撃つ。


 俺はその頭に、柵から飛び出しながら、両腕で足元から抉った氷を投げ付けた。


 派手に頭を揺らされたルートエフが、後ろに仰け反る。


 その隙に距離を詰めた今西が、ルートエフの左腕を斬り落とそうと、肘に万喰らいを叩き込んだ。だがルートエフは咄嗟に腕を引き、刃との接触部分を肘から下膊かはくへズラす。関節を狙い損ねた一撃は、鎧と激しく火花が散らすものの、切断には至らない。然し、衝撃でルートエフの手を離れた俺の万喰らいが氷に叩き付けられ、反動でプロペラのように回転しながら宙を舞った。


 即座に右の剣での反撃を放たれた今西は、両手で構え直した万喰らいで、ルートエフの剣を受けながら俺へ叫ぶ。


「――荒井君!」

「分かってる!」


 今西が払い落としてくれた万喰らいへ、既にスタートを切りながら応えた。


 すると俺に気付いたルートエフは、吹き飛ばされていく俺の万喰らいを追おうと、右足で今西の脇腹を蹴り飛ばし氷を蹴る。


 吹き飛ばされた今西は顔を歪め、体勢を崩されまいと踏ん張った。


「ぐ……っ!」

「こ、の……っ!」


 走り続ける俺は、噴き出すルートエフへの怒りを力に変え、氷を蹴る。空へ大きく跳ね上がる万喰らいに、右腕を伸ばした。



 もう一瞬、あと数センチ落ちてくるのを、待ってさえいれば――! 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る