chapter 25/?

090. ワンオンワン


「気付いた? ルートエフの奴、あの骨の柱を出してから、一歩も動いてない」


 俺は今西の言葉に、小さくなったままのルートエフに目を凝らす。


「……確かに……。――何で圧倒出来てたのに、追って来ないんだろう? 変に時間を与えたら、作戦を立てられるかもしれないのに」

「……動けないんだとしたら? あの骨の怪物や、柱を生み出す魔法を使ってる間は」


 今西は正面に向き直ると、顎に手を当てて考え始める。


「……海を凍らせる事が出来るぐらいの、強力な魔法を持ってる。骨の手下も呼び出せる。なのに、それらを・・・・同時・・使はしない・・・・。骨の怪物が出て来てからは、その場から一歩も動かなくなった……。――私達がこの島に逃げる間も、何もしないで眺めてたし、やっぱり複数の魔法を同時に扱う事は、あいつは出来ないんじゃないのかな? 一つ一つの魔法は強力だけれど、融通は利かないって言うか」


 俺も今西に向き直ると、ルートエフ達に一瞥を投げた。


「確かに今も、追って来る気配がえな……。あの骨の魔物も、ルートエフからそこまで離れないで、島の前をうろうろしてる」

「きっと、今はあの骨の魔法を使ってる最中だから、他の魔法は使えないんだよ。でないと説明出来ない。だってこの島伝説じゃあ、あいつの縄張りなんでしょ? 自分の陣地に敵が入っていったのに何もしないなんて、やっぱりおかしい」


 俺は思わず、見出みいだせそうな希望に声が弾む。


「じゃあそこを突けば、勝てるかもしれないって事か……!」

「それにはまず、ルートエフとあの怪物を、同時に攻撃しないといけないけどね」


 分担しよう。荒井君。


 今西は顎から手を下ろすと、真っ直ぐに俺を見て言った。


「二人で一体に当たってちゃあ、もう一体に邪魔されて倒せない。……かなり危険な案だけれど今の推測が正しければ、ルートエフの魔法への集中力を削いでやれば、あの骨の怪物の動きを止められるかもしれない」

「同時に……か。でも、下手に二人であの骨の魔物に挑んで、体力や魔力を使ってしまうより、一気に二体を狙って崩した方が有利になれるよな」

「上手くいけばね。骨の怪物を片付けられたら、ルートエフには極力接近戦で挑もう。距離を取ったらまた骨の奴らを呼び出されるかもしれないし、あいつ自身、あの弓にもなる剣で遠距離でも戦えるみたいだから、なるべく隙を与えないようにしないと」

「じゃあ、戦い方も変えないといけないな……。周りを巻き込むような裂傷魔法や、お前の雷の魔法は、ルートエフと戦う時は極力使わない方がいい」

「だね。付力魔法……って、名前だっけ? あの、身体能力や物体の性質を強化する、シンプルなやつ。あれで纏めて、兎に角力押しでいこう。ルートエフの奴、あの荒井君の一撃を受けてもピンピンしてたし、生半可な攻撃じゃあ、傷一つ付けられないよ」

「つまり、一番ごちゃごちゃ考えなくていい戦法って事だな」

「うん。ゴリゴリ力押しで行こう。ルートエフとあの骨の怪物を、上手く引き離せるかが肝になるね」

「どっちを行く?」

「手数として鞘を回収しておきたいから……。私は、骨の奴に行こうかな」

「じゃあルートエフは、俺が行く」


 虎のような、ライオンのような、低い獣の咆哮が空に響く。


 今西はルートエフ達の方へ、一瞥を投げながら腰を上げた。


 俺も、リュックを背負い直すと立ち上がる。


「……残念時間切れか。――じゃあ最後に、気付いた事をもう一つ」


 足元に放り投げていた万喰よろずぐらいを拾い上げながら、今西が言った。


「何だ?」


 俺は尋ねながら、近付いて来る歪な足音に耳を澄ませる。


「マッテイルの酒場のおじさんは、夜になると海が凍るって言ってたけれど、実際には昼にもまだ遠いこの時間帯から、もうカチコチになってるよね」

「……そう言われれば、そうだったな」

「それって、さっきの瞬間移動と同じ、ショートカットされてるんじゃないのかなーって。本当は夜に私達をここに連れて来る予定を、昼に早めたんじゃないかなとか。私達の動きが予想外で、あんまりしぶといから」

「成る程。じゃあそんな予定は……」


 どこか足を引き摺るようなその音は、ぐんぐんこちらに近付いて来た。


 痺れを切らし、島に上陸して来た骸の獣が、広葉樹林に突っ込んで来る。白く凍り付いた葉を、枝を、俺の胴より太い幹を蹴り倒し、俺達が隠れていた場所まで、一息に距離を詰めて現れた。


 砕かれた枝、落された葉、ぶち折られた木々の幹が衝撃に吹き上げられ向かって来る中――。鞘に収めていた万喰らいを抜きながら、俺は笑う。


「このまま、ぶっ壊してやろうぜ」

「――りょーっかい!」


 雪を蹴った今西は、骸の獣の正面に飛び込んだ。


 着地した骸の獣は今西を叩き潰そうと、左前脚を振り上げる。


 今西はそれを、大胆にも更に前へ踏み込み躱す。


 顔の正面に潜り込んでくる今西に、骸の獣は飲み込んでやろうと、透かさず口を開いた。だが今西は迷わず雪を蹴ると、骸の獣の左前脚に乗り、そのまま背中へと一気に駆け上がる。骸の獣は今西の動きを追おうと、首を巡らせながら上体を持ち上げた。


 俺はその隙に、島を抜けようと走り出す。


 何かの合図のように、またちらちらと雪が降り出した。


 後ろからは、今西と骸の獣の戦いにより生じたエネルギーが音となり、島を揺らすように鳴り響く。


 でも、振り返らない。


 そんな約束はしていないが、お互い口に出さなくても分かる。


 絶対に勝つんだ。


 勝って、元の世界に帰る!


 雪を蹴り上げ、白い広葉樹の林を抜けると、島から海へと飛び出す。激しさを増していく雪の中、助走を付けるように数メートル走ると、付力魔法で一気に前へ跳んだ。弾丸のように空を裂き、正面の黒い影の輪郭が、瞬きをする暇も無くはっきりする。


 俺は落下しながら両手で強く柄を握ると、大上段からルートエフの脳天へ、万喰らいを振り下ろした。



「――行くぞ!!」



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