089. 見据エルハ
「あのルートエフの魔法……。最初は何かと思ったけれど、結構分かりやすいよ」
今西は、垂らしていた右腕の籠手を外すと袖を捲り、露わになった右手を見る。
俺は息を飲み、今西は顔を
「……多分、冷気を発するのか、凍傷にさせる魔法みたい。今全然、右手の感覚無いから」
今西の右手は、不気味な紫色に変色していた。
確かに今西は、ルートエフの斬撃を受けてから、一度も右腕を使っていない。
「そ、そんな……」
「そんな事より、荒井君は?」
「そんな事って……」
俺は窘めようとしたが、左足の痛みに呻く。
血が止まっていない。
深く噛まれてしまったようだ。
早くも足元には、血溜まりが出来ている。
今西は、自分の怪我を見た時より真っ青になりながら身を乗り出した。
「早く止血しないと……! そのリュック、何か薬とか入ってない!?」
「確か、タイナちゃんにあげた薬がまだ……!」
俺は痛みを堪えながら、リュックを下ろす。前に置いて開けると、中を漁った。もう見慣れた、白い木箱を取り出す。
蓋を開けると裁縫道具と――。今までまともに数えた事も無かったが、あの霊薬があと三つ、残っていた。
……ルートエフと骸の獣を相手に、あと三つ。
まだ三つと喜んでいいのか、もう三つしか無いと、嘆くのが現実的なのか。
「……覚えてるか? ワセデイの宿で、俺がタイナちゃんに渡してた薬……」
考えるのは後にして、左足を庇いながら身を乗り出すと、開いたままの木箱を今西に見せる。
今西も、右腕を庇うように前のめりになると、首を伸ばして木箱を見た。
「霊薬……だっけ? お風呂に入る時、タイナちゃんに教えて貰った。これ、凄い効くやつだよね。タイナちゃんのあの肩の傷、たった三分の一ぐらい飲んだだけで、綺麗に治ってたもん」
「そんなに効くのか?」
確かに、かなり優れた霊薬だとは聞いていたが。
ガエルカおじさんは患部にかけてたけれど、飲んでも効果があるらしい。
今西は、しっかりと頷く。
「うん。タイナちゃんが、傷の具合を見ながらちびちび飲んでたけれど、みるみる内に治って凄かったもん。まだこんなに残ってるなら……あいつらともきっと、戦える。――取り敢えず荒井君、早く飲んで?」
「あ、ああ。お前も使えよ」
俺は木箱から、霊薬を一本取り出すと今西に渡す。
「ありがとう。傷の様子を見ながら飲んだ方がいいよ。勿体無いから」
今西は言いながら受け取ると、右手を見ながら霊薬を飲み始めた。
一口目にすぐに瓶から口を放して、「
……確かに苦い。それもかなり。水が欲しくなるぐらいだ。
少しずつ飲みながら、左足の調子を確かめる。今西の言う通り、みるみる痛みが引いていって、確かに三分の一ぐらいの量で完治してしまった。本当に凄い。今西の方も完治したようで、右手を握っては開いたりしている。
「……こいつは、戦闘中でもすぐ取り出せる場所に置いといた方がいいな。お前は、収納道具とかあるか?」
俺はウエストポーチに、霊薬をしまいながら尋ねた。
今西は、まだ三分の二程残っている霊薬のコルクを詰め直しながら、感心したように俺のウエストポーチを見る。
「うわーそれ凄い便利だね……。私のベルト、剣を提げられるだけだ」
「お前その外套以外、本当に初期装備だもんな……。逆にすげえよ。その格好のまま、あそこまで戦えるなんて」
「経験では負けませんからな」
今西は右腕に籠手をはめ直しながら、ふんっと胸を張った。
俺はその得意げな様子に少し、笑ってしまいながら返す。
「……じゃあ、俺が預かっとくよ。危なくなったら投げて渡すから。残りの一本も、一緒にしまっとく」
「なーに笑ってんのさ。また胸見てる?」
「見てねえよ」
今西は口を尖らせるが、冗談で言っているのが分かった。
辺りに緊張感を漂わせていた空気が、軽くなって風となり、抜けていくような気分になる。
「……で、どうするからだ」
俺は、残りの霊薬を全てウエストポーチにしまうと、リュックを脇に置き、胡座になって座り直した。
今西も軽く距離を詰めて来ると、膝を抱えて座りながら、しっかりと頷く。
「うん」
「正直、かなりキツい相手だと思う」
「まあね。まさか合体するとは」
「お前から見てどうだ? 勝てそうな相手か?」
「……ルートエフもあの骨の怪物も、当たった事が無いタイプの敵だからね……」
今西は首を伸ばすと、ルートエフと骸の獣がいる方を見る。
俺も広葉樹林の向こうに目を凝らすと、島を警戒するように骸の獣が辺りをうろつき、そのずっと奥には、ルートエフらしき影が立っていた。
「でも、超えられない相手じゃない」
今西はルートエフ達を見たまま、きっぱりと言った。
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