chapter 24/?

087. ムクロキメラ


 割って入った今西が、右に逆手持ちした剣で、ルートエフの斬撃を受け止めた。同時に突き出した左手で、俺の胸を押し突き飛ばす。


 だが、今西は万喰よろずぐらいに魔力を纏わせていたものの、受け止め切れず吹き飛ばされてしまう。ほぼ俺と同じタイミングで、氷に叩き付けられた。


「ぐっ!」

「いっ……!」


 立ち上がろうとすると、ルートエフは左腕を正面に翳す。


 その手が俺達を指差すと、ルートエフの左右の足場から、骸の牙が突き破って来た。破られた氷の破片が、俺達の方まで飛び散る。


「嘘だろ――ッ!?」


 俺の頭より一回り大きい氷塊が、立ち上がろうとした俺の正面に飛んで来た。慌てて氷に這うように頭を下げると、ゴッと氷塊が空を裂き、叩き付けられると四散する。


 二本の牙の正面には亀裂が走り、もう両腕を突き出して、スケルトン達が現れた。


「クソ……! やっぱりあいつが呼び出してたのか……!」


 やっと立ち上がると、剣を構える。


 だがどうする。骸の牙を片付けたくても、ルートエフが邪魔でどうにも出来ない。まずルートエフが、今まで遭遇して来た魔物と比べ物にならないぐらい強い。その上骸の牙を生み出していたのがこいつとなれば、幾ら勇者である俺達が協力しても、簡単には突破出来ないぞ。


 一旦離れるべきか。


 でもどこに。ここは遮蔽物なんて無い、がらんとした氷の上だ。


 左腕を下ろしたルートエフの肩越しに、何かを見る。


 目を凝らした。


 うっすらと山のような、薄い灰色の輪郭が見える。


 おかだ。


 酒屋のおじさんが言っていた、未開の地だ。


 あそこまで行ければ、作戦を練り直す時間を稼げるかもしれない。


「今西……今西っ!」


 ルートエフを奥に置く形で迫って来るスケルトンに逸りそうになりながら、右手に吹き飛ばされた今西に呼びかけた。


「一旦、あの向こうまで退こう! ここじゃあ分が悪い!」

「わ、分かった……!」


 痛みを堪えるような返事に、一瞥を向ける。


 今西が、左手で右手首を掴みながら立ち上がっていた。立ち上がる拍子に、剣を足元に落としてしまう。


「どうした?」

「いや……ちょっと……」


 今西は痛みを堪えるように、険しい表情で呟く。


 見ると手首に留まらず、右腕全体が、焼かれてしまったように蒸気を上げていた。外套や装備は表面上変化が見えないが、腕は何か傷を受けてしまったのか、今西は厳しい表情を崩さない。


 俺は息が止まった。


 スケルトンが近付いて来る。


 頭が真っ白になりそうになった。


 ――いや、諦めるな。


 俺まで動けなくなったら……ここで終わる!


 剣から右手を離し、今西の剣を拾い上げると、脚に付力魔法をかけながら、今西の剣の柄を銜えた。


「――あのおかまで逃げるぞ!」


 開いた右手で今西の左腕を掴むと、氷を蹴り上げる。


 砕けた氷が飛び散り、ルートエフとスケルトン達の頭上を越えるように、鋭く前へ跳んだ。骸の牙の天辺を通り越し、まだ数百メートル跳んだ先で着地する。衝撃で砕けた氷を蹴飛ばすように、透かさず前へ駆け出した。


 背後からは空を裂く音がして、スケルトン達が矢を放ったのに気付く。


 振り返ると一斉に放物線を描きながら、鋼鉄の矢が黒い雨となって降って来た。スケルトン達が矢に纏わせた、灰色の魔力が尾を引き、グレーの津波が迫ってくるような錯覚に襲われる。


 今までより、矢の本数が違う。


 湧き出していたスケルトン全てに、ルートエフが弓を持たせたのか。


「……!」


 背中を駆ける悪寒に足を止められそうになりながら、慌てて前を向くと駆け出した。蹴り飛ばしたばかりの足場がすぐ後ろで、アイスピックのように突き刺さった矢が、ひっきり無しに氷を砕く。


「クソ……!」


 走りながら、僅かに右手へ振り返った。


 今西は走れているが、俺の手に引かれている形で、右腕を庇っている。戦うのは難しいだろう。氷を縫い付けるように刺さってくる矢を、躱すので精一杯だ。


 ここは下手に迎撃しないで、走り抜けよう。


 更に脚に付力魔法をかけ、氷を蹴り上げた。


 もう一度前に鋭く前に跳び、距離を取る。


 やっと正面の輪郭が、はっきりと見えて来た。


 本来なら、島だったのだろうか。山の頂上から海岸のギリギリまで林が広がり、雪を被って白く染まっている。


 焦る思いに、歯を食い縛った。あの林に、紛れる事が出来れば……!


 ――矢が止んだ?


 今の跳躍で、振り切れたのか?


 足を止めず、振り返る。


 島まであと、もう少し。


「……違う荒井君」


 既に振り返っていた今西が、白い息を吐きながら呟いた。


 忙しなく、ポニーテールが左右に揺れる。


 それに気を取られ、目線を今西へ外した時、異変に気付いた。


 矢は止んだが、奇妙な足音が近付いて来ている。無数の人間が走る中を、何か動物も紛れているような……。


 その動物は、エリタイを思い出すような足音だった。まるで犬か猫が、四本足で走り回っているみたいに。


 視線を更に、遠くへ向ける。


 すっかり置き去りにした遠くの方で、骸の牙から湧き出したスケルトンが、こちらに向かって走って来ていた。だが走りながらスケルトン達は、その身をバラバラにして――。何か、一つの形を作り出していく。


 体高は四メートル、頭から尾までは二十メートルはある、尾は鞭のよう、胴はライオンのような肉食獣、顔は鰐のような顎を持つ、四足歩行の骸の獣を。


 やがて向かって来ていたスケルトンは完全に合体し、一つの骸の獣となって……。四本足の足音だけを響かせ、猛進して来た。


 猪のような凄まじさで、あっと言う間に俺達に迫る。肋骨の中に納められた無数の弓と矢筒が、走る度にがしゃがしゃと喧しい。



「う、嘘だろ……!?」



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