chapter 23/?

083. サイゴノ幕開ケ


 走る。


 走る。


 走る。


 海中が見える、氷上を。


 白く消える息を切らし、ちらちらと舞っていた粉雪から、吹雪と化した激しさの中を。


 今西と並んで、沖の向こうを目指して。


 底まで凍っているのだろうか? 足元の氷に視線を投げると空気の泡が見えて、分厚く凍り付いているのが分かる。


 蹴り上げた氷が、欠片となって宙を舞った。


 吐き出す息が、白く染まって消えて行く。


 どこまでも、寒々しい行進だった。


「――ったく、ホントにあんのか土地なんて!?」


 つい悪態をつく。


 それ程にただ、凍った海が続いているのだ。もうずっと走り続けているけれど、土地も見えなければ何も見当たらない。


「酒場のおじさんが言うのは、あるらしいけれど……!」


 今西が、確かめるように呟く。


「でももう、マッテイルは見えなくなっちまったぜ!?」


 俺は足を止めず、親指で後ろを指差した。もう何度か振り返っているが、マッテイルがある海岸線は、全く見えなくなっている。


「でも引き返してもしょうがないし――」


 突然前方の氷上から、あの骸の牙が突き出して来た。数は三つ。


 俺達は前のめりになりながら、慌てて足を止めた。氷が滑るので、付力ふりょく魔法で強化した足で踏み出し、氷を割り抜いて何とか止まる。それまでも付力ふりょく魔法で、足を氷に打ち付けるように走っており、アイススパイクのような役割を持たせていた。お陰で踏み出す度に、派手に氷の欠片が飛ぶ。


 それでも海を覆っている氷は相当分厚いようで、どれだけ強く踏み出しても、氷が割れ切ってしまうような不安は覚えなかった。最早大地のような安心感で、どっしりと支えて来る。これ程の影響力を持つ魔法を扱えるなんて、ルートエフとは何者なのだろうかと、同時に恐ろしさも覚えていた。――いや、勇者も魔法使いと同等の魔力を持っているんだ。恐れる事は無い。


 怯えかけた心を奮い立たせると同時に、三つの骸の牙から、スケルトン達が姿を現す。


 俺が剣を抜くと、今西は柄に手を掛けたまま、後ろに下がった。


 あんまり何も現れないので、走りながら大まかな作戦は今西と立ててある。


 このチームの戦力は、アンバランスだ。


 互いの持つ能力という意味では、シスターに授けられた勇者の力により全くの同一でも、経験が懸け離れている。扱える魔法の質も、場数も今西が遥か上を行き、正直俺はお荷物だ。でも、半年間森を彷徨い戦い抜いて来た今西の立ち回りを学んですぐに活かせる、勇者の力による高い身体能力がある。最初に骸の牙が現れた時も、「今西の攻撃よりも強い一撃を」というイメージを元に放たれた攻撃は、今西には出来なかった、骸の牙を一撃で破壊するという結果を得られており、つまり、強力な今西を雛形に魔法を放てば、半年間の戦いの経験の差を埋め、かつ上回る魔法を放てるという事になるのだ。その上から俺の攻撃を元に今西が魔法を放てば、加速度的に互いの魔法の威力を高めていく事が出来る。


 戦いの幕開けは、今西。その後に俺が続き、後は互いを元にして、上限になるまで魔法の力を高めていく。これがベストなパターンだ。


 この流れを保つ事が出来れば、今西のお荷物にならない所か、互いの最大戦力を引き出す事が出来る。


 でも今現れたのは、さっきと同じ骸の牙。


「――さっきと同じ奴らだな。手っ取り早くあの塊を壊しに突っ込むから、カバーは任せたぜ」


 わらわらと向かってくるスケルトン達が、先と同じように剣と弓を構えた。


 俺の背中に回ったので表情は見えないが、不敵な笑みを浮かべているのだろう今西が答える。


「……りょーかい!」



 曲線を描くように空へ放たれた矢が、雨のように俺達の頭上へ降って来た。



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