chapter 22/?
079. 酒場と伝説
奥に伸びる、長方形をした店内の中央には、同じく奥に長い長方形をした、黒い石製の枠がある。枠の中には燃える木や、熱せられた石が赤々と輝き、店の暖房兼照明の役割を担っていた。
……台所でもあるのか。火の上には長い鉄の串がかけられ、串に刺された豚のような生き物が、丸焼きにされている。串は枠の端から端までびっしりとかけられ、魚や野菜も刺されていた。店員らしき女達が、食材の焼け具合を確かめながら、ゆっくりと串を回している。その台所兼照明を囲うように、木製の椅子とテーブルが並べられ、客達が串から抜かれた食材を、酒を飲みながら楽しんでいた。店内は、外の寒々しい空気を感じさせない、暖かで賑やかな空気に満ちている。
今西は、台所を挟んで店の右側に回ると、真っ直ぐ店主が立つカウンターへ向かった。
カウンターにも客がかけており、店主は客に酒を出す手を止めると、俺達に気付いて顔を上げる。
黒いエプロンを来た、肌の赤い坊主頭の男だった。年は五十過ぎだろうか。背はそこまで高くないが、厚みのある身体で、気難しそうな顔をしており近寄り難い。
「……冒険者か。この辺で見るのは、久々だな」
石のように表情を動かさず、低い声で声をかけられる。かなり怖い。
「こ、こんばんは……」
まずは挨拶で応えた。
「見た所子供だが……。酒は、出せないぞ」
「の、飲みません飲みません!」
慌てて両手を振る。
ぎらりと、店主の目がナイフのように光ったのだ。
「あーえっと、ちょっとこの辺の事にいて、教えて貰えませんか……?」
今西も店主が怖いらしい。胃の辺りで組んだ両手の指を、もじもじとさせながら言う。
店主は言葉を発さず、促すような目を向けると腕を組んだ。
俺は今西と顔を見合わせると、俺から切り出す。
ここは男の俺が、バシッと決めなければ。今西は怖がっちゃってるし。
「……あの、ここって、マッテイルだって聞いたんですけれど……」
「ああ。ここは呪われた地、マッテイルさ。雪と氷に閉ざされちまった、何も無い漁村だよ。冒険者なら、この伝説が目当てで来たんじゃないのか」
「伝説って、あの魔法使いがいるっていう……?」
「その魔法使いの名を呼ばないとは、ここでのマナーを心得ているじゃないか」
店主は感心したように、左の眉を僅かに上げた。
「大抵の冒険者は名誉目当てに、ずかずかとよその土地にやって来ては騒いでいく……」
そしてくるりと背を向けると、壁と一体化するように置かれた木製の棚から、緑のガラス製のボトルと、二つの木のジョッキを持って引き返して来る。
続けて顎でくいっと、カウンターの正面の席を示された。丁度二つ、席が空いている。多分、座れという事だろう。
「ああ、はい……」
「し、失礼しまーす……」
恐る恐る、カウンターに着く。
店主はその間にボトルのコルクを抜き、ジョッキに何やら
「代金は要らない。好きなだけ飲め」
「「い、いただきます……」」
緊張の余りだろうか。今西とシンクロしながら言うと、ジョッキになみなみと
砂糖のような強い甘味が来て、生姜のような辛さと香りが抜けていった。……冷やし飴みたいだ。
今西は口に含んだ途端目を丸くして、「あ、おいし」と呟く。
「心得がある奴には、相応のもてなしをだ」
店主は依然、石のように動かないおっかない顔で言うと、まだ飲み終えていない内に、俺達のジョッキに冷やし飴のような飲料を注いだ。
「例の魔法使いの伝説がある場所は、ここから見える、あの海の上にある」
「海、ですか?」
冷やし飴で緊張が解れたのか、今西が尋ねる。
「夜になると、海が凍る……。普段ここの漁師でも寄り付かない、沖の方まで。今年の漁は、今日で終わりだ。春が来て、氷が溶けるまで、俺達は
俺は、恐る恐る訊いた。
「……その魔法使いに、やられたからですか?」
「それとも、未開の土地に迷い込んで、帰って来れなくなったのか。真相は、誰にも分からない。何人も挑んだが。……お前達も、この伝説の真偽を確かめに来たんじゃないのか。ここは確かに寒冷地だったが、海が凍る程冷たい土地ではなかったのに」
店主はほんの少しだけ、目に悲しみを滲ませる。
「……その、例の魔法使いがいると言われている場所へは、凍った海を沖へ歩いて行けば、辿り着けるんですか?」
尋ねる俺に、黙ってジョッキの中の冷やし飴を見ていた今西は、視線を向けた。
その表情は複雑で、店主の返事を聞きたいような、聞きたくないような色を浮かべている。
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