chapter 21/?
077. 「まあいいけどさー。別にさー……」
「ん……? あれ何だろ。荒井君」
何かに気付いた今西は目を丸くすると、俺の後ろを指した。
俺は、上体を軽く捻って振り返るとそちらを見る。
遠くの方にログハウスのような、丸太で作られた家々が並ぶ、雪を被った村らしきものが見えた。海が見えるので、漁村……だろうか? 海の上で、白く燃える太陽が眩しい。
……さっきまであっただろうか。あんなもの。
記憶を辿ろうとするも、骸の牙に気を取られていたので、そこまでしっかりと周囲を確認出来ていない。
「……行ってみるか? ここにいても、しょうがねえし」
向き直りながら、今西に尋ねる。
今西は迷うような顔をしたが、すぐに口を開いた。
「……確かに、こんな氷のど真ん中にい続けてもね」
「だな。じゃあ、またさっきの骨の塊みてえなのが出て来るかもしれねえし、気を付けて行こうぜ。あの村みたいなのも、何か罠かもしれねえ」
「分かった」
お互い剣は抜いたまま、漁村を目指し歩き出す。
骸の牙は、いつ現れるか分からない。がらんとした雪原の果てに見える漁村までは、かなりの距離を感じたが、一時間程は歩いて様子を窺った。何も起きないと判断し剣を収めてからは、走って漁村へ向かう。
振り返れば、遠くに山のような輪郭が見えるが、それ以外はほぼ何も無かった。
時折ぽつぽつと、白く凍り付いた枯れ木が視界を通り過ぎていくだけで、何だか本当に俺達はその場所から進めているのだろうかという、感覚が狂ってきたような気味の悪い気分になっていく。
骸の牙を警戒し過ぎて、神経が参ってしまっただけなのだろうか。
隣の今西の横顔を見ても、何か空転しているような、疲労を感じる。
もしやこの違和感も、ザスパーの魔法の力なのだろうか。
「――飛ばそう。日が暮れちまう」
俺は短く言うと、返事を待たずに今西の手を掴み、付力魔法を脚にかけた。
「えっ!? 荒井く――」
驚いて肩を竦める今西を、両腕で前に抱えると、大きく氷を蹴る。そして踏み抜いた氷を吹き飛ばしながら、弾丸のように一気に空へ飛び出した。お互いの外套が空気を含み、大きく膨らむ。
そのまま放物線を描くように、漁村の中心にあった広場へ着地した。どすんと物凄い衝撃が足腰から襲ったが、このぐらい勇者の力の前では、どうという事は無い。
「……よし」
俺は息を吐くと、縮こまっていた今西を見下ろす。
「最初っから、ジャンプして行けばよかったな。それなら地上で何が起きてても、関係無かったし」
ってあれ。
今西の顔を見た俺は、目を丸くした。
どうしてか今西は、両手で顔を覆っている。
「…………」
どうすればいいんだろう。
下ろしていいんだろうか。
「あの……?」
「いきなりお姫様抱っこ何さ」
「えっ?」
何かもごもご言われた。
今西が顔を覆っているので、上手く聞き取れない。
「いきなりお姫様抱っこ何さー!」
今西は両手を下ろすと上体を起こし、がばっと顔を覗き込んで来た。
俺は驚いて、今西を落っことしそうになる。
「うおお」
「そういう事はね、何の前触れも無く急にやっちゃ駄目なんだよ。分かる? 女の子の夢なんだよ。お姫様抱っことは」
「そ、そうなのか……?」
仰け反りながら答えた。
「当たり前じゃん。何知らないの? 世界基準だよこんなの」
「い、いや悪い。これが一番抱えやすい形だったからやっただけで……」
「サイテー」
じぃっと睨まれながら吐き捨てられた。
マジかよ。何かめっちゃ怒ってるし。
でも確かに女の子をお姫様抱っことは、男子としても恥ずかしい部分が多分にある。まして急にされるなんて、今西からしたらたまったもんじゃなかっただろう。特に深く考えずに俺もやったが、そう言われると何だか恥ずかしくなってきた……。
「まして、足が不自由な私に向かってっ! これがどれ程高ポイントな行為なのか、本当に分かっていらしてっ!?」
「わ、分かった分かった。下ろすよ……」
「何さそのこいつウザいみたいな感じ! 重いとか思ってる!?」
手足をバタバタさせて、暴れ始める今西。
もういきなり、活きのいいマグロでも抱えているような気分になる。
「思ってない思ってない! 勇者の力があるから何ともないし、勇者の力が無かったとしても重くなんてないです!」
勇者パワーで暴れ始めた今西に、ぼかぼか顔を殴られながら何とか下ろした。
すると今西も余り引き摺らない性分なので、すたっと軽やかに自分の足で立って見せる。暗に「私、絶対重くなんてないからね」とアピールされたような気がしないでもないが、それはきっと俺の考え過ぎだ。今西は重くない。
「どうしたい!? 今日はもぉ、店じまいだぞ!?」
そう言い聞かせていると近くから声がして、俺達はそちらを見た。
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