075. 蒼を超えろ


 弓を取ったスケルトン達が前に立ち、弓を引き絞った。弓を取った数は、七十の群れの中から四十人。狙いは当然、たった二人の俺達。


 刺すように冷たい、吹き荒ぶ風の中。キリキリと軋むような嫌な音が、鋼の弦が引き絞られる度妙に響く。


 ほんの僅かな瞬間のその動きに、俺達は心臓が凍り付いた。


 四十の矢尻が、真っ直ぐ俺達を見据える。


 やばいと思う暇も無く――。その全ての矢が放たれた。


 鋼の矢が、凍るような空を裂いて飛んで来る。


 咄嗟に剣を振るった。風の魔法で、矢を吹き飛ばそうと試みる。剣から放たれた風の斬撃と、スケルトン達の矢が接触した。だが矢は魔力を持っているのか、グレーの光を纏ったと思うと、俺の風の魔法を突き破る。


 冷や汗が滲んだ。


 無防備になる。


 それを見ていた今西が、びくりと一瞬動きを止めた。だが透かさず剣から右手を手放し、その手で俺の腕を掴むと氷を蹴る。


 上へ跳んだ。ごっと背中で空を裂き、氷上の骸の牙と、スケルトン達が遠ざかる。的を失った鋼の矢の雨が、小さくなりながら消えてった。


「――一発で狙ってみる」


 今西は汗を滲ませながら呟くと、肘を曲げた左腕で、剣の切っ先を氷に向ける。


 落下しながら狙いを澄ますと――槍のようにスケルトン達へ、剣を放った。


 付力ふりょく魔法か。今西の魔力の色だろう、蒼い光を纏った剣が流星のように走ると、スケルトン達を貫きながら氷上へ突き刺さる。衝撃は亀裂に変わり、静まり返っていた空気とスケルトンを四方へ吹き飛ばしながら、蜘蛛の巣状に駆けると氷を砕いた。氷上からは完全にスケルトンが払われ、亀裂は骸の牙まで走ろうとするも、衝撃に堪え忍んだのかびくともしない。


「もうかったい!」


 着地しながら、悔しげに言う今西。


「俺も攻撃してみる!」


 俺は隣で着地しながら、両手で剣を握ると骸の牙へ駆け出した。同時に今西も、前方に刺さる剣を回収しに向かう。亀裂により深い溝が生まれ、瓦礫に埋もれた氷上を、スケルトン達が消えた間に走った。


 骸の牙はまたじわじわと、その身を削ってスケルトンを生み出そうとする。


「させるか!」


 俺は叫ぶと、付力ふりょく魔法で一気に加速した。置いていく直前に、今西が氷から剣を抜くのを確かめながら、骸の牙の足元に辿り着く。こいつに中途半端な攻撃は効かない。七十ものスケルトンを、一撃で払った今西の魔法でもびくともしないのだ。


 俺は骸の牙を目の前にして、まぶたを閉じると意識を集中させた。


 時間にすればほんの一瞬。だが、戦いの最中に目を伏せられるとはそれだけで、心に大きな余裕を落ち着きを与え、集中力を研ぎ澄ます事が出来る。


 今西がスケルトンを払った一撃による、氷上に走る亀裂を思い浮かべた。


 虫けらのようにスケルトンを吹き飛ばしたあの威力と、足場を消し飛ばしてしまうのではと思わせた程の、あの衝撃。


 深々と氷上を駆け抜けた裂け目に、瓦礫と化した氷の塊。蜘蛛の巣状に走り回ったその姿は、まさに熟れたザクロそのもの。


 得体の知れないものが相手でも、一撃で屠るのだという強い意志。


 刺すように冷たいこの大気よりも、その蒼き一閃はまだ鋭く。


 それらを全て超えるのだという、強い覚悟で剣を握った。


 目を開きながら頭上に掲げた剣に、とどめられるだけの魔力を集めると、骸の牙へ振り下ろす。


「――行けえッ!!」


 万喰よろずぐらいが骸の牙に触れた瞬間、竹が割れるような、乾いた音が鳴り響いた。


 骸の牙の全身に、深々と不規則な亀裂が走り、そこを剣から噴き出した炎が駆ける。骸の牙は炎と裂傷に、瓦礫と化して弾け飛んだ。今西の攻撃をイメージの元にした一撃は、地下採石場で放った裂傷魔法の威力を軽々に飛び越える。威力が足りるだろうかと不安で、同時に放ってみたの火の魔法も成功し、生み出されようとしていたスケルトンごと吹き飛ばした。


「やった!」

「凄い荒井君!」


 後ろから、今西が声を弾ませて駆け寄って来る。


「ああ今西……!」


 俺は振り返ると、今西に向き直った。今西は剣を収めながら、目を輝かせる。


「一撃で壊せたよ! あの訳分かんない骨の塊!」

「お前の魔法のお陰だよ……!」


 俺も笑みを浮かべると、剣を収めた。でもすぐに、自分でも分かるぐらい表情が曇る。


 俺はすっかり荒れ果てた辺りを見ながら、頭を掻いた。



「しっかしどこなんだここ…? 急に景色が変わって……。あの時と一緒だ」



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