chapter 20/?
074. 骸の牙
側で、衣擦れのような音がする。
驚いて肩を竦ませながら、そちらを見た。
「さっむ……。何よここ……」
「あぁ、今西……!」
「荒井君……。――えっ、いや、ここ、何!? さっきまで、川辺にいたのに……」
磨き上げられたガラスのように地面を覆っていた氷に、びしりと大きな亀裂が走った。丁度それは、俺と今西を隔てるように、遠く前方から深く走る。
――地面? いや、湖の上か?
やけに透き通るような、透明感のある氷だと思った時、俺と今西の間の亀裂から、白い大木のような何かが突き上げた。
氷かと思ったが、違う。
牙? 硬質で光沢は無い、然し軽そうな質感の……。
「骨?」
衝撃に吹き飛ばされながら、思わず呟く。
目を奪われる程、奇怪だったのだ。
俺の胴を倍にしてもまだ太い、巨大で先の尖った、骨の塊。
それも、一本の太い骨で成されたものではない。目を凝らすと地下採石場で見たような無数の人骨――それを繋ぎ合わせて作り上げられた、巨大な骨の牙だったのだ。
冷気を放って沈黙する、骸の牙。
その不気味さに、息を飲む。
「――ぐわっ!?」
骸の牙に目を奪われ、受け身を取り損ねてしまった。派手に右半身を氷に打ち付けてから、何とか起き上がる。
何なんだ。一体、何が起きてる。
「そうだ今西……。――今西っ!」
「大丈夫!」
牙の向こうから、今西の声がした。俺はそちらへ向くと、声を返す。
「今そっちへ行く! 取り敢えず、じっとしてろ!」
「わ、分かった!」
リュックを背負い直すと、牙の右手から回り込もうと走り出した。
「何なんだよったく……!」
牙を横切ろうとすると、また亀裂が走る音がする。
やけに近い。
今横切ろうとしている、その牙からだ。
丁度踏み出していた左足が氷に着く前に、亀裂の奥から、人骨の腕が二本飛び出した。俺の左足が氷に着いた瞬間、その両腕は左右に広がり、牙から身を乗り出す。現れた骨だけの人間が、俺へその両腕を伸ばしてきた。
「っ!?」
咄嗟に身を捩った俺は、そのまま回転して倒れ込む。すぐに起き上がろうとするが、そのまま人骨は両腕を伸ばして迫って来た。
俺は倒れたまま何とか抜刀すると、剣を右に薙ぐ。切っ先が当たった人骨の両手は、バラバラになって弾け飛んだ。
「荒井君!?」
「――来るな! その骨の塊から逃げろ!」
声を張り上げながら立ち上がると、人骨へ剣を構えた。
……ゲームで言う所の、スケルトンってやつか。骨だけで動く怪物。
あの時と同じだ。あの、オマ村からワセデイを目指して、歩き出してすぐに起きた瞬間移動。
今度はどこに飛ばされたんだ? どうしていきなり、この魔物は現れた? ――いや、今はまず、こいつを倒そう。
魔力を込め、剣を払った。辺りの空気を巻き込んだ一振りは斬撃を風に変え、三日月形の大気の塊となってスケルトンへ迫る。胸を捉えた一撃は、積み木のようにスケルトンを粉々に吹き飛ばした。
効いてる。
突破の可能性を感じ、思わず胸が弾む。
今のは火の魔法、裂傷魔法に続き、ラトドさんに教わった三つ目の魔法、風の魔法を纏った斬撃だ。俺が今使える魔法は、この三つ。
骸の牙は、スケルトンが抜け出した分の骨が減り、歪な形の溝が走っている。続けざまにスケルトンが、牙を成す人骨を組み立てて現れた。何体も何体も、骸の牙を全てスケルトンに変えるまで止まらないと言うように。
「……!」
ここは今西と合流するのが先か。
スケルトンを警戒しながら、今西の方へ駆け出す。
「今西!」
今西がいる方向に回り込むと、息を飲んだ。今西の方からも、スケルトン達が湧き出している。
何体だ? 二十はいる。骸の牙はその身を削りながら、どんどんスケルトンを組み立てていく。今西は剣を抜いており、次々とスケルトン達を粉々に吹き飛ばしていた。
「荒井君!」
剣を振るいつつ後退しながら、今西は叫ぶ。
「どうなってんのこいつら!?」
「分かんねえけど……! 魔法で一気に吹き飛ばすから、脇に離れろ!」
「分かった!」
今西は大きく剣を薙ぐと、俺から見て右手に跳んだ。
俺は剣へ魔力を込めると、腰を落として薙ぎ払う。風の魔法を纏った一撃が、前方へと放たれた。スケルトン達を吹き飛ばしながら、今西の横を通り過ぎていく。バラバラにされたスケルトン達の身体は、激しい風の中宙を舞い、乾いた音を立て、氷に叩き付けられる。
まだ骸の牙からはスケルトンが生み出されているが、この隙に今西へ合流した。骸の牙に向き直ると、今西と共に剣を構える。
俺がいた方向から湧き出したスケルトンが、のろのろと向かって来た。数は増えてる。三十近い。骸の牙は徐々に痩せていってはいるが、このペースでは何百体生み出せば消えるのか。
「何なんだよいきなり……!」
「……取り敢えず、あの骨の塊を壊せばいいんじゃ……」
二つの位置から現れるスケルトンに注意しながら、骸の牙を見た時だった。のろのろと向かって来ていたスケルトン達の足元が、びしりと
中から現れたのは氷柱に押し上げられた、黒い鋼鉄製の剣と、弓、矢筒。スケルトン達は歩きながらそれを拾い上げると、緩慢な動きで武器を構えた。
「えっ……」
今西が声をこぼし、俺は目を疑う。
「どうなって……」
七十人ぐらいに膨れ上がったスケルトンの群れが武器を取った瞬間、依然緩やかな動きではあるが、統率されたような動きを見せた。
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