072. そこに在る意味


「……その、ザスパーの魔法から抜け出す事って、絶対に不可能なのか? 何か一つぐらい、例外とか……」

「うーん……。全部あくまで、被害者の家族から聞いた話だからね。偶然とか、不確かな部分も多分に含まれてるという事を踏まえてでなら……。変わった話を聞いた事は、あるよ」


 今西はもう、膝の上で手を組んでいなかった。


 しっかりとした表情で、記憶を辿ろうと懸命に考えている。


「ザスパーの魔法は二つ名の通り、夢で人を殺すんだって。だから夢の中には、必ずその夢を見ている人を殺そうとしてくる何かがいる。それを退治したら、夢から覚める事が出来た人が、いたらしいって……」

「じゃあ……。もしここが、ザスパーの魔法が見せている夢の世界だとしたら、俺達を殺そうとしてくる奴を倒せば、出られるって事なのか」

「仮説が正しければね。でも、複数の人間が同じ夢を見ていて、かつ夢の世界でこうして一緒に活動するなんて話、聞いた事無いし……」

「いや、いきなり神の使いだとか言って勇者扱いされて、見知らぬ世界に呼び出されてたって信じるよりは現実的だよ。元の世界の魔法は確かに、こっちの魔法より遥かに何でもありだったんだから。それはお前の方が、よく知ってるだろ? 噂半分だって今まで思ってたけれど、ネットじゃあ核も効かねえ魔法使いがいるって言われてるじゃねえか。鉄を食っちまう魔物を従えてるのは、本当なんだろ?」

「それはまあ……。それぐらいなら国も、ちょくちょく魔法側の情報を出すからね。核は分かんないけれど、鉄を食べる魔物を従えてるのは本当。装甲車に撥ねられてもびくともしない所か、むしゃむしゃ食べられてる所を見たって言ってる人もいた」

「なら、お前の仮説もそこまでおかしくねえって。出くわす魔物を全部倒せば、きっとここから出られる筈だ。……今までお互いに魔物と遭遇して来てるけれど、そいつらは本命じゃねえって事なのかな……」


 やっと頭が回転してきて、口元に手を当てると考える。


「――ルートエフだ」

「えっ?」


 俺の呟きに、今西はぽかんとする。


 俺は手を下ろすと、今西を見た。


「さっきのメモだよ。あの、地名や人名で出来た暗号みたいなメモ、もう一回見せてくれ」

「あぁ、うん……」


 今西はズボンのポケットに手を入れると、折り畳んでいたメモを俺に手渡す。


 俺はそれを受け取ると、改めて読み上げた。


「……シアワセデイタイナラ、トドマルガイイ。モト場所バショカエリタイナラ、タタカウガイイ。タビテニ、ッテイル。ルートエフ……。これって、このルートエフがこの世界でのボスって事なんじゃねえのかな? この、まるで俺達の動きを監視してるみたいな……。――もしかしたらこいつを倒せば、元の世界に帰れるんじゃねえか!? なあ!」


 いつの間にか夢中になっていた俺は、メモから視線を外し、今西の方を見る。


 今西は複雑な表情を浮かべて、固まっていた。


 でもすぐに、誤魔化すみたいに笑みを浮かべる。


 そしてぽりぽりと、右手で頬を掻きながら言った。


「……あぁ、うん。そうだね。文章の内容が……。ここで繋がって来るんだと思う。それっぽいし」

「……どうした?」

「ううん? 別に?」


 笑うんだけれど、ぎこちない笑み。


 流石に違和感を覚えて、俺は黙ってしまう。


 今西も喋らなくなってしまって、変な沈黙が流れた。


 にぶるように、空気がゆっくりと重たくなる。


「……荒井君、はさ」


 今西はまだ、ぎこちない笑みを浮かべたまま切り出した。


 いつの間にかまた、膝の上で両手を組んでいて、親指をもじもじと動かしている。


「元の世界に、戻りたい……よね。そりゃあ」

「……? そりゃあ、だって、そうだろ? ずっとここにいる訳には……」

「――私は」


 俯いていた今西は、遮るように強く言った。


 垂れたびんで表情は見えないが、大きく口を開けて発せられた声だと分かる。


 俺は驚いて、言葉を切ってしまう。


 今西は俯いたまま、唇を噛むような仕草をした。


「……私は」


 そして、絞り出すように、言葉を発する。



「ごめん。私は……。今は帰りたいって、思ってない」



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