071. ……操られているのは?
「私が前に住んでた沿岸の地域には、ザスパーがいたんだ。そこから地続きの内陸側の地域――。荒井君達が住んでた町に逃げて来たけれど、距離としたはそこまで離れてる訳じゃない。同じ関東エリアだし、もしこっちの兵隊さんがもう負けてしまっていて、内陸にまで魔法使い達の侵入を許していたら……。考えられない話じゃないでしょ?」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。国が負けるなんて、そんな――」
「だから、情報操作されてるんだって。本当の所は確かに分からないけれど、私が住んでた地域は実際に、疎開を強いられるぐらいに侵攻されてたんだよ? それに、魔法使いがどれだけ危険なのかは、荒井君達もテレビや避難訓練で、ある程度は知ってるでしょ?」
「…………」
――その、魔物って、どれぐらい危険な生き物なんですか? 例えば、どこからともなく突然現れたり、鉄を食べたりとか……。
――魔法とはもっと、未知で、危険なものだ。
――俺の住んでいた世界の魔法とは、もっと何でもありで、生活の道具にするなんて当たり前という能力の上に、俺達鉄側の技術を結集しても解き明かせない神秘に満ち溢れ、ミサイルよりも、核よりも恐ろしい猛威を振るう。たった一人の魔法使いが鉄側を襲うだけで、どれ程の被害を
――俺にはどうしても、負け戦にしか見えない。
自分が発した言葉や、浮かべた思考が、突き付けるように今西の仮説を支えて迫って来る。
そんな馬鹿な。
そう、それまで散々繰り返して来た思いが、ふっと呆気無く消えてしまう。否定しようにも、完全にそれを打ち消す事が出来る根拠が無い。俺が勝手に、そう信じていたいだけだ。だって今西の方が、魔法側についてとても詳しい。内陸の俺達では知りようもない事を、常識のようにすらすらと語る。つまり、受け入れ難いがそれが、真実なのだろう。
つまり今まで国は、嘘を報道していたのか? 嘘と言うか、偏った真実だけを。じゃあ、こっちの世界と同じように元の世界も、俺が知っている姿とは、違う?
「じゃあ、ここはやっぱり……。夢、なのか?」
「……分かんないけれど」
今西は迷いながらも、冷静に言った。
「……ザスパーが内陸に侵攻してきて、あいつの魔法にやられちゃったのかもしれないとは、考えられるかなって。……でも、ザスパーの魔法にやられちゃったら、半年間も生きていられないんだよ。一週間かそこらで死んじゃうって、兵隊に行った息子さんを亡くした近所の人が、引っ越す前の町で言ってた。荒井君はまだ今日で、この世界に三日目だっていうのも気になるし……。検査って、町の病院でだよね?」
「ああ。あのお前が入院している所と同じ、でっかい国立病院」
「じゃあザスパーが入り込んでいたとしても、私と荒井君がこの場所に訪れているタイミングに、かなりのズレがある事になるよね……。同じ場所にいたのに、半年前と三日前って。そう考えるとやっぱり、不自然なのかな。半年間もザスパーの魔法を受けながら生きていられるなんて、ちょっと考えられないし。私が休学してる間に、国は何か新しい兵器とか、治療法でも確立させたのかな?」
「いや、テレビを観てる限り、そんな報道は無かったかな……。いつも、戦況に関する報道ばっかりで」
「まあ不謹慎だって言って、ファンタジー系のゲームや映画を規制したぐらいだからね……。魔法側の文化に、毒されてはいけないとか」
そう。鉄側と魔法側に、世界が二分されて今起きている、
こういう、RPGといったファンタジー系のゲームは特に顕著で、どこの電気屋さんに行っても取り扱っていない。映画も、小説も、アニメも舞台も、そうした魔法をイメージさせる内容のものは、悉く封じ込まれてしまった。そんな事をしても、意味なんて無いというのに。
ネットを開けば娯楽への規制の不満、政府への不満、魔法側への不満不満と、負の感情がいつも凄まじい勢いで渦巻いていて、個人のSNSにより生じた誤報、憶測なども飛び交って、何が真実なのか分からない状態になっている。戦争について調べてみようかと思った事はあったけれど、そんな状態の上に国が情報を操作していたようだから、気が滅入るのをこらえて閲覧していたとしても、同じだったんだな。
――“くすんだ白い壁に覆われた景色を思い出し、気が塞ぎそうになった”
コノセちゃんと薬草摘みをしていた時、つい思い出してしまった生活の断片が頭を
“いつも屋根の下でじっとしてる”
それは国により、外出禁止令が出されているから。
いつ魔法側の攻撃が飛んで来てもいいように不要な外出は避け、出勤や通学などやむを得ない場合は、なるべく建物の下を通って、空の真下を歩かないようにと。
“誰もこんな風に、何の悩みも無く外を楽しむ事が出来なくなった”
だって、いつ魔法側が攻めてくるのか、分からなくなってしまったから。
単なる平和ボケなのか、国が情報操作をしている所為なのだからか、まだ大丈夫なんだろうなとどこかで思っているけれど、常に頭の中心を、取り除きようの無い不安が占拠しているから。
“いつも分厚い鉄とコンクリートの壁に覆われた建物の中で、ネズミみたいに身を寄せ合って、息を潜めてる。空気の味も忘れて、空が何色かも見上げなくなって、俯いて足早に、建物から建物へ、逃げるように歩くようになっちまった”
“……現実の空は、何色だっただろう”
きっと、青色だったと、思う。
こっちの世界のように、大自然の中のような、美しさは無いけれど。
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