chapter 19/?

070. ユメトムクロ


 俺は思わず、腰を浮かせる。


「知ってるのか? 魔法側の人間達について」

「戦争中なのに情報を伏せてる、国の神経が分かんないけどね」


 今西は前を向いて座り直すと、忌々しげに呟いた。


「国は隠してるけれど、前線の地域だと皆知ってるよ。敵の魔法使いが、どんな人達なのか」

「……そう言えばお前って、高校入学と同時に俺達の町に越して来てたっけ」

「うん。学校で喋ったら先生づてに、役人の人にチクられるかもしれないから、あんまりクラスの皆にも言わなかったんだけれど。話したのは休学中にお見舞いに来てくれた、荒井君ぐらい」

「もしかしてその、越してくる前に住んでた町って……」

「激戦区の、海岸線にある港町」


 疎開して来たの。


 今西は鉄みたいに、冷たい声で言った。


「国は町に住んでる人達をなるべくバラバラにして、まだ安全な地域に移動させたんだけどね。集団疎開じゃなくて、単なる家族単位の引っ越しって風に見せかけて。全員には引っ越し費用と、新しい家を買い与える代わりに、戦いに関する情報は絶対に話しちゃ駄目だって、箝口かんこう令をいて。だから大人達の前では、特に話せなかったの」

「しゅ、集団疎開……? いや、国はニュースで、魔法使い達を撃破してるって……」

「確かに撃破はしてるけれど、自分達の被害についてはあんまり流してないじゃん。嘘はついてないけれど、事実をそのまま報道してる訳でもないよ。だって荒井君達、戦況について殆ど知らないし。戦場が近い地域や、戦場そのものになってる地域だと、敵の主な魔法使い達の名前ぐらい、嫌でも耳に入って来るよ。それがさっき言ったザスパーとか、骸纏がいてんの魔女」

「…………」


 突然思わぬ方向から、頭を殴られたような気分になった。


「そ、その話が今、どう関係してるんだ……?」

「元の世界の魔法が関係してると思うんだ。この世界」


 今西も確信は無いのか、迷いながらも言葉を繋いでいく。


「……魔法側の人間達は自身の名前と、自分が持つ魔法から取られた二つ名があるんだってさ。例えばザスパーは名前で二つ名は、『夢殺むさつの魔法使い』。骸纏がいてんの魔女は二つ名だけ知られていて、本当の名前は不明。でも戦地では凄い有名で、国が特に警戒してる、強力な魔法使い達の一人。でも骸纏の魔女は物理的な魔法を使うから、今の推測には関係無い。考えられるのは、夢殺むさつの魔法使いのザスパー。あいつは麻薬みたいな、幻覚作用を引き起こす魔法を使って、鉄側の兵隊さんの頭をおかしくさせて操るか、そのまま発狂させて殺すんだってさ。吸い込むと脳に異常な作用を与える、霧状の魔法を撒いて。国もかなり警戒してて、前住んでた町の人達は、皆ガスマスクをして生活してた。もう捨てたけれど、私も使ってたし。学校でもいつでも避難出来るようにって、ガスマスクを持ち歩くのが決まりになってた。避難用の特別授業じゃ、ザスパーが撒く霧状の魔法の作用についても習ったし。主な作用は幻視などの幻覚と、異常な意識障害。眠ったら眠りっ放しなって衰弱死してしまうとか、殺されるような酷い悪夢を見せられて、本当に絶命してしまうとか。生還した人はいないから、悪夢で本当に殺される方は、推測らしいんだけどね。患者を診ていると暴れたり叫んだりしてるから、多分おっかない夢を見てるんだろうって、お医者さんからの意見で言われてるみたい。散々騒いでて突然静かになったと思ったら、心臓が止まってるからって」

「そんなに知られてるものだったのか? 魔法側の人間達の事って……」

「戦地が近い地域だとね。荒井君達の町は内陸でまだ安全だったから、知らなくても無理は無いけれど。国が隠してるし。……この世界に来る直前の事って、荒井君はしっかり説明出来る? 私は、気付いたらここにいたって感じで、全然上手く言えないんだけれど」

「俺も……。病院で検査を受けて、帰ろうとしたらここにいたんだ。どうなってるのかは……。全く分からねえ」

「だからもしかしたら、この上手く説明出来ない空白の間に、ザスパーみたいな魔法使いに私達は襲われちゃったのかもしれない。国が内陸にまで、魔法側の侵入を許して」



 そう今西は、頭の中を仮説を確かめるように言った。



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