069. 「知りようの無い事さ」


「……でも」


 分かっていながら俺は、川の正面を見据えながら口を開く。


「お前が思い詰めるのは、俺は嫌だな」


 今西はこちらを見るとぽかんとして、一瞬の間の後噴き出した。


「ふふっ……! もう何それ荒井君!」


 口元に拳を当てて、肩を揺らして笑う今西。


 俺は何となく恥ずかしくなって、つい声を大きくした。


「なっ……真面目に言ってんだぞ俺は! 気にすんなよもう! 倒したじゃねえか!」

「いやそうだけどさあ……! あはは! まあいいいや! 気にしない気にしない!」

「笑うなよもう! 馬鹿にしやがって……」


 むすっとして、向こうを向いて座り直す。胡坐あぐらの上で頬杖をついた。


「ごめんごめんって! 怒らないでよー」


 今西はまだころころと笑っていて、腰を浮かせるとぱしぱしと俺の肩を右手で叩く。笑い過ぎて目に涙を浮かべており、俺の肩を叩きながら左手で涙を拭った。


 ……まあ、元気になったのはいいけどさ。


 俺は息を吐くと、座り直していた今西を見る。


「……まあつまり、お前が強い理由はよく分かったよ。剣も俺のより真っ黒に近付いてるし……」

「真っ黒?」

「ああ。万喰よろずらいの剣についても知らないのか。俺の剣もそうなんだけれど、あのシスターが俺達に持たせたこの剣は、万喰らいっていう鉱物で出来てるそうなんだ。普通の武器みたいに、武具屋で整備出来ないらしい。その代わりに、魔物を斬れば斬る程鋭さを増して、斬った魔物の色で刀身の色が変わっていくんだ。刀身が真っ黒になった時が、切れ味が最大にまで高められてる状態なんだって」

「へえ……。じゃあ私の剣は、そろそろ最高の状態になるって事なんだ? 確かに魔物を斬る度に、変色してるなとは思ってたけれど。汚れかと思ってた」


 今西は魚を捌いまままだ川辺にほったらかされていた、自身の万喰らいを見る。


 刀身は複雑な色合いを見せる濃い灰色で、高く昇り始めた太陽の光に、不思議な輝きを見せていた。


「多分な。俺の剣も戦う度に、ちょっとずつ色を変えてるし」


 そう言えば地下採石場での戦いから、まだ刀身の色を確認していない。後で見てみよう。


「もう使わないし、片付けとこ」


 今西は言って立ち上がると、剣を拾いに行く。


「……ていうか、本当に何なんだろうね。あのシスター」


 今西は拾った剣を血振ちぶるいすると、上体を捻ってこちらに振り返りながら剣を収めた。動作が様になっていて、それだけで戦い慣れている事が分かる。カッコいいなおい。そのまま向き直ると、椅子へ引き返して来る。


「さあ……。俺も捜そうとはしてたんだけどな」


 ワセデイを離れてしまった以上、折角の捜索願の結果も聞けそうに無い。今西を責めるような言葉になるので、口にはしなかったが。


 地名や人名、その他の単語達で浮かび上がったあの文章の前では、安易にこの世界の人々に接触していいとは思えない。全部が何かの目的の下に仕組まれたものに見えて、正直今西以外の人間は、信用出来ない。ラトドさんとタイナちゃんが、まさか俺を騙していたとは、考えたくもないし、信じられないが。でも事実、あんな文章が浮かび上がっていた訳で。


「でもよく気付いたよな。名前が暗号になってるなんて」

「んー。ネーミングセンスが独特だったからかな? 少なくとも日本には、こっちの世界のような名前の人はいないじゃん。名乗られる度に不思議だなあって思ってて、考えてると偶然。コノセ、カイハニ、セモノってこれ、明らかに文章じゃんって。偶然かもしれないって思ったけれど、荒井君の話を聞いて確信したんだ」

「そっか……。でも、その出られなかった森っていうのも気になるよな。何でお前は閉じ込められてて、突然抜けられるようになったんだろう……?」


 今西は、俺の言葉に難しい顔をすると、考え始めたのか無言で椅子に座る。


 口元を覆っていた手を下ろしながら、今西は呟いた。


「――荒井君って……。元の世界の方の魔法使いについて、知ってる? 例えばザスパーとか……。骸纏がいてんの魔女とか」

「え?」


 俺は頬杖をやめて、今西を見る。


 今西は真っ直ぐ、俺を見ていた。



「多分今も、元の世界で猛威を振るってる、魔法側の人間達について」



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