067. 繰り返す森


「でも、よく魔法が使えるなんて自分で気付けたよな」


 魚を受け取りながら尋ねる。


 今西は開いた右手に魚を一匹持ち直すと、魔法で加熱しながら口を開いた。すぐにほわっと、右手から湯気が上がる。


「うーん気付けたって言うか……。たまたまかな。オマ村を通りがかる前から、生活には困っててさ。取り敢えず、この世界が何なのか訊きたくて、町や村を探して、ひたすら山とか、森の中を歩いてて。コンビニも無いし、自販機も無いじゃん? 水は川から汲めばいいからいいとして、食べ物とかどうしようって。食べるものが見つかったとして、生のまま食べてもいいのかなー、お腹壊したらどうしようとか色々考えてたらさ、魔法でも使えたらちょっとは楽なのにって考えるようになって。周りに誰もいないんだし、ちょっとやってみたら出来たって感じもぐもぐもぐ」

「食べながら喋るな」


 加熱したとは言え、スナック菓子のように頭から魚を齧っている様は、野性味が溢れ過ぎている。


「……っていうかそれって、相当過酷だったんじゃねえの? シスターに貰ったのって、その装備だけだったのか? 俺はあのリュックも貰って、中にはサバイバル用の道具が入ってるけれど……。それに、こっちの世界に来て半年ぐらいって言ってたけれど、結局町か村に会えたのはどのぐらいの期間だったんだ?」


 三匹目の魚を加熱しながら、今西は言い辛そうに答えた。


「いやー……。それが、オマ村とワセデイだけで……」

「半年も旅をしてたのに? エリタイと出くわすまでは、あんまり動き回らなかったのか?」

「ううん」


 今西は頭を振る。


「すっごい歩き回ったよ。方向を変えながら、あっちこっちに。シスター以外の人と、誰でもいいから会いたくて。でも……。どれだけ歩いても、同じ場所に帰って来ちゃってたんだよ」

「どういう事だ?」

「どこの方角へ向けて、どれだけ歩こうと、最後には同じ森の前に着くようになってたんだ。この半年間の、殆どが」


 そんな悪夢のような事を、今西は真剣に言った。


 そして言葉を失う俺に、無理に明るく笑ってみせる。


「――先に、食べちゃおっか?」



 ▽



「分からない事を増やさないようにって、黙ってたんだけれど」


 魚を食べ終えると、今西は椅子に座り直す。


 膝の上で組まれた両手は迷いを表すように、指を何度も動かしたり、軽く手を解いたり組んだりを繰り返していた。それを俯き加減になって眺める今西の横顔を、隣に座る俺は黙って見上げる。


 今西は暫く手を動かしながら言葉を探すと、視線を川へと上げて口を開いた。


「――何かね。信じて貰えるか分かんないんだけれど」


 表情は硬いが、声は妙にいつもより明るい。


 雰囲気が悪くならないようにと、無理に繕っているのだと分かった。


「荒井君は知ってると思うけれど、私、この世界に来る前は、病院にいたんだ。休学して、入院してたから。いつも通り病室で過ごしてて、急に意識が切れたと思ったら、森の中に立ってて……。あの、シスターがいたの。『お待ちしておりました、勇者様』って。もう、訳分かんなくて。何を聞いてもお待ちしておりましただし、運命の導きの元へだし。荷物は、荒井君と同じものを渡されたよ。装備と剣と、リュック。まあリュックはすぐ、目を離してる隙に魔物に持って行かれちゃったんだけどさ。取り敢えずシスターといても話が進まないから、他の人に訊いてみようって、森の中を歩き出して。それで……」


 川を眺めながら話し続ける今西は、当時を思い出したのか唾を飲み込む。


「全然出られなかったんだよね。その森」


 無感情な今西の声が、ぽとりと川辺に落ちた。


「自然公園みたいで、凄い広い森だったの。川に、湖や原っぱ、ちょっとした林もあって。でもどれだけ歩いてもどれだけ歩いても、森の中央にあるシスターがいた原っぱに戻されて……」


 気が、触れるかと思った。


 今西は鉛のような、重たい声で言う。


「……突然こんな所に連れて来られて、何の説明も無いまま放り出されて。勝手な事されてるのに、荷物だけは用意してくれるじゃん? 初めて引き戻された時は、単に迷子になったのかなって考えたんだけれど、シスターはもういなくなってたし。……はあ。参るよほんと。追いかけようにもどこ行ったのか分かんないし、森の中はめちゃくちゃ広いし。でも仕方無いから、シスターを探すのも合わせて、森を出ようと歩き出したんだ。でも森を出ようと同じ方向へ真っ直ぐ歩いても、シスターがいた中央の原っぱに引き戻されるんだ。何度も何度も。森を出ようとしないで、同じ場所をぐるぐる回ってるだけなら、変に戻される事は無いんだけどさ。でも出ようとすると、戻されちゃう。森の中には、キモトカゲみたいな化け物がいる場所もあって、気楽には歩き回れなくて。でも、そこに行けば何かあるかもしれないって、暫く安全な場所だけ歩き回ると、行ってみようって決めたんだ」

「……一人で魔物と、戦おうって?」

「他に望みが無かったから」


 そっと尋ねる俺に、今西は川を見たまま、眉をハの字に笑った。


「ていうかあれって、『魔物』っていうんだね。化け物だと思ってた」



 今西は軽く背を反らして笑うと、座り直す。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る