066. ……ラッキーガール?


「何か久し振りだねー。こうやって話すのー」


 目を伏せている今西は、椅子の後部を掴んだ両手で体重を支え、空を仰いだまま言った。


「そうだなあ」


 俺は退屈凌ぎに小石を拾っては、川にぽちゃぽちゃと投げ入れながら返す。水は透き通っていて、川底がはっきりと見えるぐらいに綺麗だった。勢いは緩やかで、水草の合間を何か、太陽の光をきらきらと照り返してる銀色が揺らめいており、魚が泳いでいたのに気付く。この世界の景色は、本当に綺麗だ。


「最後に会ったのっていつだっけー?」

「えーっと……。今年の一月か、二月ぐらいだったか?」

「あぁー……。言われると思い出すねえ……。何かすっごい昔の話みたいに聞こえる」

「そうか?」

「うん。こっちの世界に来てから、色々バタバタしてたから」

「そっか」


 気になるけれど、敢えて淡白に答えた。


 今西が見たというオマ村は、エリタイに襲われてしまったなんて言っていたし、興味本位で聞いていいような、気楽な旅路では無いだろうと思って。


 伸ばしたまま踵を軸に、ぷらぷらと足を揺らしている今西を見る。


 俺と同じく、勇者の力を授けられているだろう身は五体満足で、動作も滑らかだから、怪我を負っているという様子も見えない。何も言ってこないし多分、大丈夫なのだろう。今西が走り回っているなんて夢みたいで、何だかぼんやりと眺めてしまった。


 訊きたい事は山程あるけれど、訊いた所で答えが出そうにない問いばかりで、それは今西も同じだろうと思うと、何を話せばいいのか急に分からなくなってしまう。頭を冷やしたいのかお互い無言になって、暫く川の流れを眺めた。嫌な沈黙ではなくて、ただゆったりと、静かな時間が流れていく。


「朝食を用意してやろうではないか」


 ふと言うと今西は立ち上がり、川へ近付く。……魚でも獲るのだろうか? でも、道具も持ってないのに?


 何をする気なのだろうと見守っていると、今西はするりと右手で剣を抜いた。その刀身の色に、息を飲む。玉虫色より複雑な色をした、濃い色彩に彩られていた。然しどこか暗いその配色に、学校の美術の時間を思い出す。


 確か絵の具とは、色を混ぜていく程に色がくすんでいって、最後には真っ黒になってしまうと先生が言っていた。その言葉をすんなりと思い出させる程、今西の剣の色は深く沈んでいて、光の当たり方で微妙な色合いを見せるが端的には、濃い灰色をしていた。万喰よろずぐらいの剣だ。


 俺の万喰らいと比べて剣の幅が狭く、全体的に細身で華奢なデザインをしているが、矢張り今西も、あのシスターに授けられていたのか。地下採石場では見落としてしまっていたがその色で、かなりの戦いを経験し、魔物を倒して来たのだろうと分かる。


 今西は万喰らいの特性について知っているのかは分からないが、特に刀身の色について触れる様子は無く、その切っ先を川に浸す。


「えーっと……。こんなもんかなっ?」


 今西が加減を確かめるように、右手の親指でとんとんと柄を叩くと、刀身の辺りからパチンと軽い音が鳴り、辺りの水面が大きく波打った。


 何の音だろうと思うと、ぷかりと数匹の魚が、水面に浮く。


「えっ?」

「おー大漁大漁!」


 今西は声を弾ませると剣を収め、外套を脱ぐとざぶざぶと川へ入っていってしまう。


「ってああおい濡れちまう……」

「えーだって脱ぐのめんどくさいしー!」


 今西は膝よりまだ上まで浸かってしまうと、どんどん水を掻き分けて川の真ん中辺りまで進み、浮かんで来た魚を拾うと戻って来た。言うまでもなくびちゃびちゃ。


「あーあー……」


 つい立ち上がっていた俺は、目の前に立つ今西に眉がハの字になる。リュックにタオルは入っていただろうか?


 然し両手で五匹の魚を掴んだ今西は、全く気にしていない。足元に魚を置くと剣を抜き、横向きに地面に置いた。そのまましゃがみ込むと、魚を一匹手に取り、置いた剣に魚を滑らせる形で、慣れた様子で魚の腹を切り始めた。小魚かと思っていたが、近くで見ると大きい。どれも二十センチぐらいあって、サンマのような姿をしている。


「荒井君、キモは食べる派? 私苦くて抜いちゃうんだけれど」

「いや、別に食べられるけれど……」

「お。大人だねー。じゃあ私の分だけ抜こう―っと」

「いやていうかお前、脚びっちゃびちゃ……」

「すぐ乾くから大丈夫ー」


 言いながら今西は、あっと言う間に魚を捌くと、川に持って行って魚を洗った。引き返してくるとそのまま、右手で掴んだ一匹を渡してくる。


「はいどうぞ」

「ワイルドだな!?」


 内心火の魔法が必要だろうかと、構えていた俺は目を疑った。


 マジかこいつ!


 生じゃん!


「……って、えっ?」


 魚の色が変わってる。焼くまではいかないけれど、蒸したようにほくほくと湯気を立てていた。


「ハァーンドパゥワーさ」


 ふんっと、得意げに言う今西。


「ああ、魔法で加熱したのか……」

「魔法? 魔法なのこれ?」

「えっ? じゃあ何なんだよ?」

「何か気付いたら使えるようになってたから、取り敢えずハンドパワーかなって」

「魔法だよ……」

「そうなんだ!? 凄い!」


 目を丸くする今西。


「誰に教わるでもなく使えるようになってたお前の方が凄い……」



 独学って。本当にどうなってるんだか。とんだラッキーガールだぜ。



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