chapter 18/?
065. 過酷ノ影。
空が白んで来たなあと思っていると、突然前を走っていた今西が、足を止めて何やら言うと振り返った。
「あっ! でもちょっと待っ」
「えっ!? 急に止まるな――」
どすっと今西にぶつかり、上体をこちらへ捻りかけていた今西は、また複雑な姿勢で地面に倒れ込む。
「てぇえ!?」
「よおおお!?」
巻き込まれた俺も当然、正面から倒れそうになる。だが咄嗟に両手を前に突き出し、転ばないよう身体を支えた。こちらに向かって上体を捻った格好のまま伏せる今西と、互いの鼻先がぶつかりそうな距離で何とか留まる。
「…………」
「…………」
何だか変な沈黙が流れて、お互いその格好のまま見つめ合った。
今西は目を丸くして腕を投げ出しており、走り続けて軽く弾んだ呼吸と共に、ゆっくりと胸が上下する。
「胸ばっかりだよねー荒井君」
じいっと、半分ぐらい細くなった目で睨まれた。
「まあこればっかりは」
「まあ確かに、これは急に振り返って止まった私が悪い。という訳で、起こして下さい。流石にこの距離は照れます」
言うと今西は、俺の首に両腕を絡ませる。
「心得た」
俺はそのまま立ち上がると、腕を絡めていた今西も一緒に起こした。一石二鳥。思わぬアクシデントに若干ぎこちない空気が尾を引いているが、今西はそれを振り払うように、外套に着いた土を
「――急に止まったのはね。そう言えば、確認してなかったなって」
「何を?」
俺も、何事も無かったような態度で尋ねる。
「そのルートエフがいるって言われてる北の地に、荒井君は行きたいのかなって」
腿の辺りに来る外套の布を、少し上体を倒しながら
「それなら多分、物凄い見当違いな方向へ今まで走って来ちゃったからさ。よかったのかなあって」
「ああ……。でも、今がどの方向に向かってのかも、よく分からないし」
「東だよ。ほら」
今西が指した、俺達の正面に広がる空を見ると、山の向こうから微かに白んで来ていた。
街道に沿って走り続けて来た俺達は今、山を越えようとしている辺りで立ち止まっている。街道のすぐ右手には蛇のように川が這い、それに添うように視線を東へと向けると、大きな滝に繋がっていた。巨大な水のカーテンのように、山の上から水が流れ下ちて来ている。
滝の上には橋が架かり、こちらの街道から川を挟んで走っている街道へと渡れるようになっていた。街道と川のすぐ脇には、杉のような青々とした針葉樹林が高く育ち、街道を作る際削られた黒い岩肌と共に、白み始めた空の下で、厳かに佇んでいる。
「取り敢えず追われないように、地下採石場がある西の門と、荒井君が見たっていう、原っぱの中にあった方のオマ村がある、北の門は使わないで抜けて来たから。南に走って北から完全に逆走するのも、これからの事を考えるとどうかなと思って」
「結構冷静に考えながら走ってたんだな……」
無茶苦茶に飛び出して来たと思ってた。
今西は笑う。
「あはは。まあ一応ねー。でも混乱してたから、今まですっかり忘れちゃってたけれど。――ちょっと、休憩しよっか」
今西は伸びをすると、ゆっくりと歩き出した。川に下りようと言うので頷き、柵も無い街道の脇を、滑らないように下りる。少し先に見える滝を眺めながら、黒っぽい小石が広がる川辺に座った。そう言えば折り畳みの椅子があったなとリュックを漁ると、一脚しか無かったが今西に貸してやる。
今西は見た所リュックは持っていないし、エリタイを追って旅をして来たと言っていたが、矢張り過酷なサバイバル生活があったのかもしれない。背凭れも無い簡易な椅子だが、俺が取り出した途端目を輝かせた。
「いいの!? ほんとに!?」
「勿論さ。使い給えよお嬢さん。俺の尻は鋼鉄だから心配不要さ」
「あっははもう何それえ! ありがとう!」
今西は笑いながら椅子を広げると、川に向かって足を投げ出してかける。
「あーQOLの向上を感じるぅー。外で椅子に座れるなんてほんとありがたいぃー」
「何だよそりゃ」
足を投げ出したまま、ありがたそうに目を伏せて空を仰ぐ今西に、つい吹き出してしまった。
俺はその隣でリュックと剣を下ろすと、小石の上に座る。鋼鉄なのは当然冗談だが、座れない程ではないもののやっぱり尻が痛んだ。うむ。矢張りレディに、このような思いをさせてはいけないな。
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