064. トウボウ


 メモを睨んだまま、今西は口を開く。


「……手紙? 警告って事? この、ルートエフっていう、伝説の魔法使いからの」

「このルートエフって言葉だけ、入れる場所が見当たらなかったもんな……」


 言いながら出来上がった文章を目で追ってみるが、矢張り「ルートエフ」が入りそうな場所は無い。入れるとおかしくなってしまう。という事はこの名前だけは、文の最後か最初に置いて、混ぜないべきではないだろうか? 少なくともこのルートエフという言葉を省いて考えたとしても十分に意味は成り立つし、この並びを生んだものや人々との出会いに、強烈な気持ち悪さを覚える。まるで俺が、知らない内にこの文章を成す順番で動く事を、あらかじめ読まれていたと言うか、決められていたとでも言うような。


 もうたまたまだろうとは、とても言えなかった。


 ならば今度は、別の疑問が生まれる。


 俺は知らない内に、ルートエフに誘導されながらここへ来ていたというのか? オマ村で一番にコノセちゃんと会う事も、シアを出されるタイミングも、先に出会ったのはラトドさんだったけれど、名乗ったのはタイナちゃんの方が早かったという何気無いズレまで全て、予め決められていた事だとでも? どうしてそんな事……。いやそもそも、そんな事が可能なのか? 全員が、グルだったとでも? いやそうだとしても、今西が見たオマ村の説明がつかないのは変わらない。今西は確かに、俺が見た場所とは全く異なる場所で、オマ村を見ている。二つの場所で、同じ村が存在していた……? そんな馬鹿な。大体今西は、オマ村はエリタイに襲われて、壊滅状態だって言ってたじゃないか。


 考えれば考える程、目が回るような気分になってくる。


「逃げよう。荒井君」


 纏まらない思考を中断させるように、しっかりとした調子で今西は言った。


 いつの間にか額に手を当て俯いていた俺は、顔を上げる。隣を見ると強い目をした今西が、真っ直ぐに俺を見つめていた。


 混乱もしている。動揺もしている。目を見れば今西だって、訳が分からないと心底しんていから思っていると分かる。でもそれ以上に、ここでじっとしていてはいけないという思いが宿っていた。


「分からないけれど、これ以上ここに留まってたら駄目だと思う。ラトドさんもタイナちゃんも、他の人も、もう信用出来ないんじゃないのかな。この文章だってどういう意味なのか分からない事だらけだけれど、これ以上周りに流されて行動するのは、よくないと思う。何考えてるか分からないよ。皆して影でこんな文章作りながら、私や荒井君に関わってたって事でしょ?」


 しっかりと話す今西に対し、俺は混乱に頭がやられてしまって、馬鹿になったようにぼんやりと尋ねる。


「……でも、逃げるってどこへ」


 今西は一瞬困った顔をしたが、それでも黙ってしまわずに言葉を探した。


「……分からないけれど、ワセデイは出よう。ここの人達に追われないぐらい、取り敢えず遠くへ。タイナちゃんとラトドさんにも、気付かれない内に」

「でも、あの二人は……」

「確かに悪い人には見えないけれど、でも駄目だって。おかしいよこんなの」


 今西は、待っていられないと言うようにベンチから立ち上がる。


「荒井君は、このままワセデイにいたい?」


 立ち上がった今西は、真っ直ぐ俺を見据えて言った。


 その言葉に、もやがかかったように上手く働かなった頭の中が、ゆっくりと冴えていく。


 そうだ……。俺は、この世界が何なのか知りたいんだ。そして出来るなら、元の世界に帰りたい。


 帰りたい。


 かすみが俺を、待ってるんだ。


 膝の上で拳を握ると、強く今西を見つめ返して頷く。


「……分かった。ワセデイを出よう!」


 引き返すと、ラトドさんとタイナちゃんはまだ風呂から上がっていなくて、その間に俺と今西は外していた装備を身に付け、手早く荷物を纏めると宿を出る。ギルドの前を通らないよう、家の間を縫う細い道を駆け、魔物除けの高い壁で出来た門を潜った。ぐねぐねと入り組んだ生活路はどこへ抜けて行くのか分からなくて、潜った門がどの方角に伸びる門なのかも、分からなくなっていた。それでも、それぞれ顔を隠すように、被ったフードを押さえながら闇を走る。


 ワセデイを成すレンガと同じ石を敷き詰められた道は、遠くに見える山の麓まで続いているが、その周囲には畑や農場、それを囲うように平原と森が広がっていた。ワセデイから遠ざかる程に人の気配は薄れていき、やがては小川が流れる平原と、影の塊のような林が増えて来る。


 少なくとも俺達が潜った門は、北側ではないらしい。一度ラトドさんとタイナちゃんで、ワセデイを出た時に使った門の辺りの景色とは異なっていたし、ワセデイの特産品である、あの岩のような石の群れが見えない様子からも、地下採石場がある西側の門とも、違うようだった。


 前を今西が走っていた。


 まるで追われているように凄いスピードで、一度も振り返らず風を切る。こいつも勇者の力を授けられていると、十分に分かる身体能力だった。あの今西が肩で風を切っているのが信じられなくて、時折その背中を、ぼんやりと眺めてしまう。



 「川を伝って走ろう」。途中で今西はそう言っただけで、夜が明けるまで走り続けた。



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