chapter 17/?

061. その、沈黙の意味は。


 宿屋はギルドから近く、正面にある大通りを行けば五分程で、あの豪快な噴水がある広場に着く。今西は初めて来たワセデイにもかかわらず、一度通った道はもう覚えている様子で、迷い無くその噴水広場へ向かった。


 白いレンガが敷き詰められた道の上を、足早に歩く今西のブーツの音が、やけにごつごつと響く。


「――うん。ここから噴水の音に紛れて、近付かれないと聞こえないね」


 夜でも凄まじい音と飛沫を上げる水柱を見ながら、足を止めた今西は言った。


 ここまで無言で後ろを付いて来た俺は、やっと口を開く。


「……何をそんなに気にしてるんだ?」


 ここまで黙って付いて来たのは何も、スケベな目で今西を見た罪悪感からではない。


 まるでまだ、地下採石場にいるような緊張感を、風呂から上がってから今西が、ずっと纏っているからだ。もう戦いは終わって街の中だと言うのに、左手はずっと剣の柄頭に乗っていて、剣を手放す素振りが無い。辺りに注意を配っているのも、視線につられて左右に動く、微かな頭の動きからも分かっていて、簡単には声をかけられない、近寄り難さのようなものを纏っていた。


「ちょっとね」


 今西は噴水を背にすると、俺に向き直った。声は穏やかな態度を作ろとしているけれど、表情がやっぱりどこか硬い。


 すると今西は両手を後ろに回し、持って来たままだったタオルをいじり始める。


「あー……いや、やっぱりどうしようかな……。なんて言えばいいのかちょっと、分かんなくて」


 俺は話が見えなくて、思い付いた事を言ってみた。


「……タイナちゃんと喧嘩したとか?」

「ううん? そういうのじゃないよ。ただ……。ちょっと荒井君と、ゆっくり話したいなって思って。お互い訊きたい事、沢山あるでしょ?」

「まあなあ」


 うなじに手を回すと、何となく空を見上げる。


 空には馬車から眺めていた時と同じように、夜の闇を追いやるような、満天の星が輝いていた。


「……あり過ぎて、どこから手を付けていいのかっていうのが正直な所だけれど。……お前もこっちに来た時、最初に会ったのはシスターなんだよな?」

「うん。お待ちしておりました勇者様って」

「俺と同じだな……。『己が使命を果たす旅へ』だろ?」

「そうそう。あとは、『運命の導きの元へ』とか」

「いつからこっちの世界にいるんだ? 俺はまだ、二日目ぐらいなんだけれど……」

「二日? 凄い最近じゃん。私多分、半年はいるよ。最近はあのエリタイってやつを、ずっと追いかけて来たから」

「は、半年っ?」


 俺は耳を疑う。


「そんなに長く……。今までずっと、一人だったのか?」

「途中で人には会ったけれど、まあ大体」

「無事でよかったよ……」


 胸を撫で下ろした。


 けろっとまた答えているがこいつは全く。


 今西は本当に気にしていないようで、話を進める。


「それより何があったのか、教えてくれない? 私気付いたら、突然ここに来てたんだ。側にはそのシスターの子もいて、旅に出ろって言われて、道具とか服とか貰ったんだけれど」

「俺もそんな感じだよ。病院にいたら、突然意識が途切れて……」

「病院?」

「ああいや。まあ、お前と同じ感じだよ。最初にやって来たのはワセデイじゃなくて、オマっていう森の近くの村だったんだ。勇者の伝説について調べようと思って、都会に出た方がいいってオマ村の人達に言われたからこのワセデイを目指して出発したんだけれど、その……。転んで起き上がったらいつの間にか、このワセデイに来てたんだ……。だからまだ、この世界に来て二日目だけれど、かなりの距離を移動して来てるらしい。オマ村からワセデイまでは一瞬で着いちまったけれど、普通なら歩いて、六日はかかるぐらい遠いんだってさ。お前は知ってるか? オマ村」


 今西はいつの間にか、俺を見て固まっていた。



 呼吸が止まっているのではないかと思うぐらいじっとして、見開いた目で俺を見ている。



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