060. ミッカイ?


 追加で俺と今西が泊まる手続きを、受付で済ませて来たラトドさんと合流すると、風呂に入る。風呂場の鏡で見ると、確かにナラタの体液が付いた鎧は緑色になってしまっていて、顔なんて真緑になっていた。本当にマスクマンだな……。


 魔物の体臭である、腐敗臭に近い臭いもぷんぷん纏ってしまっていて、今西は緑とは言ったが臭いとは言っていなかった事に気遣いを感じ、地下採石場からここまで誰も指摘しなかった事には、相当の恥ずかしさを感じた。異臭を纏う緑野郎に成り果てようと、勇者である以上誰も文句は言えなかったのだろうか……。


 因みに。服や装備は、掃除係と洗濯係と呼ばれる職員さんが、脱衣所のカゴから持って行く。客の入浴の間に魔法を用いて、鎧は汚れを落とし、服は洗って乾燥までしてくれるらしい。風呂から上がればもうすぐに、上がる前の格好に戻れるという訳だ。都市部の宿屋では常駐されている役職らしく、余り大きな荷物が持てない冒険者達には、大変ありがたい仕組みなんだとか。これが田舎町だったら着替えなんて持っていない俺は、全裸で飛び出さなければならない所であった訳である。ありがとうワセデイ。


 風呂はどうなっているのだろうかと不安だったが、銭湯のような形をしていて安心する。シャワーは無いので中央に置かれた大きな浴槽から、桶で湯を汲んで使うという形だった。お湯の温度が熱かったのは気になったが。多分あれ、四十一度はある……。少なくともラトドさんは平気なようで、上機嫌に鼻歌を歌いながらゆっくり浸かっていたが、俺はのぼせない内にさっと浸かって先に上がる。部屋の鍵は持って行っていいと言われているので、脱衣所に置かれていたタオルで頭を拭きながら廊下を歩いた。


 さっぱりした。身体も軽くなった気分だぜ。


 今西が来るまで何をしてようか。女の子だから長風呂そうだし……。


「おっ。はっやいねえ」


 部屋のドアの隣で、壁に凭れて髪を拭いていた今西が顔を上げた。


 籠手と胸当ては外していて、上半身は黒い半袖のインナーだけになっている。腰にはアウターを巻いていて、何故だか剣を差していた。


「もう上がったのか?」


 俺は目を丸くする。


「ついさっきねー。のぼせそうになったから、ぱっと出て来ちゃった。あっ、タイナちゃんが薬ありがとうって言ってたよ」


 今西は赤くなった顔で笑うと、髪から顔に伝う湯をごしごし拭った。下ろした胸まである髪を豪快に拭う様が、何だか身震いする犬に見える。そして薄着になった事により強調された胸は、矢張り素晴らしかった。これはDはあるに違い無い。


「一眺め千円だ」


 俺の視線に気付いた今西は胸を強調するように、「むん」と腕を組みながら言う。


「自分を安売りしちゃあいけないぜ。財布があるなら五万は払っていた所だ」

「カッコつけて千円も無いですって言われても……。まあ今はそういうのいいから、ちょっと来て」


 今西は、呆れ顔を引き締めると言った。その声には緊張感があって、何かあったのだろうかと、俺は眉を曲げる。


 焦っているような、何かを警戒しているような調子がしたのだ。


 汗なのか、まだ髪が濡れている所為なのか。曖昧な雫が、張り詰めた今西の顔を滑る。



「ちょっと外に出ようよ。あの二人にも、聞かれたくない話なんだ」



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