057. 仇討チ。


 ラトドさんは頭を振ると、謝るように軽く手を挙げる。


「――いや、てめえをどうこうしようとは思っちゃいねえんだ。ただ、余りに唐突だったからよ。その魔物には何百って死者を出されてるもんで、神経質になっちまった。気を悪くしたんなら謝る」

「何百って……」


 今西はラトドさんの言葉を確かめるように呟くと、ひゅっと頑なさを引っ込めて、戸惑ったような表情を浮かべた。


「あ……。それは、ごめんなさい……。私も夜だから、人に会うって思ってなくて忍び込んでて、気が立っちゃって……」

「まだおじさんって程の歳でもねえが。――それで、何でそこまでしてこいつを追っかけて来たんだ?」

「最初にこのキモトカゲが出たって聞いた、その岩場の村の人達のあだだから」


 譲れない熱を持って今西は、ラトドさんを見てはっきりと言った。


 悔しさのような、憎しみのような、どこか暗い炎を目に灯し、今西は足元に崩れる、エリタイの顔を見る。


「……こいつ、あともう一匹いた筈なんだけれど、私が最初に訪ねた村を襲ったんだ。村は、私が来た時にはもう襲われた後で、村の人も殆ど残ってなかったけれど……。その人達に、敵討ちを頼まれて。追いかけてる間にもう一匹は見失っちゃったんだけれど、こいつだけでも倒したくて」


 今西は言うと、腰の左側に提げた剣の柄に触れた。


「成る程な。大体分かった」


 ラトドさんは頷くと、腕を組む。


「まだ尋ねたい事は山程あるが、取り敢えずここを出よう。話はその後でも出来る。いつまでも魔物の死骸の側に留まってるのも、空気が悪くなるだけだしな。――最後に一つ訊いておきてえ事があるんだが、お前、リュウタと知り合いなのか?」

「えっ? ああ、うん――。私も荒井君に、何でここにいるのかとか訊きたい!」

「なら、尚更早く出ようぜ。街に戻ってまずは、ギルド長に依頼達成の報告だ。イマニシ……だったか? お前も行く当てがえなら来いよ。どろどろだし、宿で風呂ぐらい入れてやらあ」


 がりがりと頭を掻くラトドさんに、今西はぱあっと表情を明るくさせると、両手で拳を作り目を輝かせた。


「ほんと!? ありがとうおじさん! もうこっちの世界に来てから、一回もお風呂入れてなくて!」

「おじさんじゃねえ。ラトドだ。分かったら行くぞ。――リュウタ。お前そのリュックに確か、ロープ入ってただろ。このお嬢ちゃんが開けた穴に引っ掛けて、上まで登れねえか確かめるから、ちょっと貸せ。タイナも来い」

「ちょ、ちょっと待って下さい?」

「何はともあれ、一件落着って事っすかねえ」


 今西の方へ歩き出しながら言うラトドさんに、ショルダーポーチから提げていたロープを慌てて渡すと、タイナちゃんと共に部屋の奥へ消えて行った。


 暇になってしまった俺は取り敢えず、今西へ近付いてみる。


 エリタイを見下ろしていた今西は、俺に気付くと顔を上げた。


「っわびっくりした。何?」

「ああいや、本当に一人で倒したのかな、と思って……」


 俺は今西の隣に立ちながら、意味の無い問いであったと思い知る。


 歩いて来るまででエリタイの様子を眺めて来たが、それは凄まじい有りさまだった。


 全身が切り刻まれ、特に剣を突き立てられた頭部は、執拗な攻撃を浴びたのが見て取れる。片目は刺し潰され、絶命まで機能していたとは思えなかった。


 怒りと憎しみ。


 それを叩き付けられたと暗に訴える、それは惨たらしい死に様だった。


 これを本当に、今西がやったのか。


「……ごめん。村の人が食べられた、恨みがあったから。子供とかお年寄りも、いたみたいだし」


 良心に苛まれているのだろうか。


 今西は、俺から顔を逸らしたまま言う。


「引くよね。こういうの」

「いや……」


 俺はエリタイを見たまま、言葉を探した。


「……俺も魔物を殺してるから、気にしてないよ」

「荒井君も戦ったんだ?」

「ああ。お前と同じ、村の人を守ろうとして。ここに来るまでも、かなりの数を倒して来たし、だから、同じだよ」


 逸らしていた顔を戻しながら、今西は呟く。


「そうなのかな」


 すると突然腕を上げ、頭の上で手を組むと伸びをした。


「――何か兵隊さんみたい! 思わなかったなあこんな事になるなんて!」


 暗い雰囲気を無理にでも払おうとしていて、どこかその笑みはぎこちない。


 それでも今西はこの空気を嫌がり、努めて明るい態度で話してみせた。


「あっ、ていうか荒井君、どうやってこの世界――? この土地? に来たの? ていうかここ、何? 夢……じゃないよね?」

「多分……。俺もまだ、何がどうなってるのかさっぱり分からなくて」


 俺は頭を掻くと、つい眉間に皺を寄せる。


「俺は病院で……検査を受けてたんだけれど、気付いたらここにいたんだ。ああいや、最初に立ってた場所はまた別の所なんだけれど、洞窟みたいな所でシスター、みたいな女の子に、勇者だから旅に出ろって、この装備とか道具を渡されて……」

「それ、私もあった!」

「本当か!?」



 大きな声で人差し指を向けて来る今西に、俺もつい声が大きくなった。



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