056. ツイキュウ


「お前こそ何で――」


 俺が言いかけると、ラトドさんが斧をしまいながら、こちらに近付いて来て口を開いた。


「俺達はこの地下採石場から馬車で一時間程にある、ワセデイって都市から派遣された冒険者だ。ここに出た魔物を退治して欲しいって依頼がギルド長から直々に、リュウタへ依頼されてな。俺とこの弓使い――タイナは、その依頼への協力をリュウタに頼まれて、一緒に乗り込んで来たんだよ。てめえが今殺した、エリタイを狩る為にな」

「エリタイ?」


 目を丸くする今西に、ラトドさんの隣を歩くタイナちゃんが補足した。


「そこのでっかい魔物の事っす。そいつがこの地下採石場に潜り込んで、ワセデイを困らせてたんす」

「ああ、このキモトカゲ……」

「で、何でてめえは、ここにいるんだ?」


 ラトドさんは、俺の横で立ち止まると腕を組む。


「この地下採石場への入り口は、俺達が来る直前まで、憲兵共が警備してた筈だ。一体どこから入って来た」


 その二メートルはある長身、傷だらけで右耳が無いという人相と、丁寧とは言えない話し口調のラトドさんに迫られ、今西は肩をびくりと竦ませた。


 然し、明らかにラトドさんに怯えながらも、しっかりと自分の言葉を発する。


「わ、私はさっきここに入って来て――! このトカゲを追いかけて来たの! ワセデイっていう街がどこにあるのかは知らないんだけれど、ずっと遠くにある岩場の村でこのトカゲが現れて、退治を頼まれたんだけれど逃がしちゃって……。追いかけてる内にここまで来て、トカゲは夜にここへ忍び込んだみたい。私はその間寝てたから、止められなかったんだけれど……。朝になって、トカゲの足跡とかの痕跡を辿ったらここに入っていったみたいだから追いかけたかったんだけれど、何か兵隊みたいな人に、関係者以外立ち入り禁止だとか言われちゃって、追い返されて……。トカゲが入ったかもしれないって言ったんだけれど、相手にして貰えなかったし……。それから、どこか他に入り込める場所は無いかなって、この辺りをずっと歩いてたの。そしたら遠くの方からだけれど穴を見つけて、掘ってここまで下りて来たんだ」


 今西は言うと、後ろに広がる空間を指してみせた。奥の天井には、人一人がやっと潜れるだろうかという小さな穴が、ぽっかりと開いている。


 ラトドさんは呆れると、額に手を当てた。


「リュウタの読み通りって訳かよ……」


 顎に手を当てたタイナちゃんは、今西の言葉を反芻はんすうするように、難しい顔で言う。


「元々その地域で暮らしてたエリタイが、縄張り争いに負けてこっちにやって来たって所っすかね……。――その岩場の村って、なんていう名前っすか?」

「あぁ、いや、分かんない……」

「えっ?」


 今度はタイナちゃんが目を丸くした。


 今西は頬を掻くと、苦笑する。


「いや、その、何て言うか……。私、この世界の字が読めないみたいなんだよね……」


 そうだ。


 その言葉に、やっと俺は気付く。


 今西がここにいるという事は俺と同じように、何らかの理由で、この世界に連れて来られたんじゃないか? 剣を差したその姿や、外套から覗く服装から考えても、多分あのシスターに、道具を用意されて。


 ラトドさんは斧はしまったが、依然厳しい目を今西に向けた。中途半端な答えは、許さないとでも言うように。


「そうかい。何でそこまで、この魔物に執着してたんだ?」


 ラトドさんが追及の手を緩めないのは、捜索隊の人達の事があるからだろう。


 たった一人でエリタイを倒せてしまう程の力を持つ今西が、もっと早く地下採石場に入る事が出来ていたならば、ここまでの被害を受けてしまう前に、事態を収束出来ていた筈だから。


 今西の表情が、じわりと不穏な気配を孕む。


「……何で私ばっかり追及されないといけないの? おじさん」


 やばい。


 この場で今西を最も知る俺は、冷や汗を覚えた。


 スイッチが入ろうとしている。


 これでこいつ物怖じしない所があって、気が強いんだ。表面上ノリがよくて、男子でもとっつきやすいキャラクターをしているけれど、納得出来ない事に対しては、とんでもなく頑なになる。このおっかない見た目をしたラトドさんを真っ直ぐ見据えて、「おじさん」と言ってのけるように。



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