054. ソノ正体ハ


 イタビノを使い切ってしまっているので、奇襲を受けた際咄嗟の反応が出来ない。タイナちゃんは常に弓を構えており、警戒は今までで最も厳しいものとなった。


 第二層へ下りて来た時の三倍は時間をかけ、ゆっくりと通路を越えると第三層に到着する。部屋は地下に向かう程広く、天井も高くなり、距離感が狂いそうな長方形の箱に閉じ込められたような、閉塞感を感じながらも解放感を感じるという、奇妙な感覚に襲われる。


 第三層にも捜索隊達の遺体が転がり、ほんの僅かに残った肉が、腐臭を放っていた。だがそれも、ナラタやエリタイに食い荒らされたような跡を感じ、骨はバラバラになって部屋中に散らばっている。ナラタが産卵したと思われる卵殻と、ナラタの死骸もかなり転がっていて、ここでエリタイと、争ったのかもしれない。でも生きている個体は無く、捜索隊にも生き残りはやっぱりいない。


 第四層からはまだ獣の呻き声のようなものと、大きな物音が度々聞こえており、矢張り何者かが、魔物と争っているような緊張感を思わせた。ここまで近付くと二人にもその気配は届いていて、俺が思っていた通り、何らかの方法で入り込んだ人間が、エリタイと思われる魔物と戦っているのだろうと判断出来る。


 ラトドさんは効果が切れる前に、追加のガイを飲み干すと言った。


「――ったくしょうがねえ! イタビノは尽きちまったが、助太刀するぞ!」


 タイナちゃんもガイを追加し、俺も最後の一つだったがタカウを飲んでおくと、最後の通路を駆け抜ける。もうナラタはいないし、警戒すべき魔物も、第四層に籠ったままと分かる以上遠慮は要らない。


 全速力でラトドさんは走ると、地下採石場の最深部、第四層へ辿り着くと同時に、その大斧を正面に構えた。俺も万喰よろずぐらいを握り締め、タイナちゃんも弓を引き絞る。


「――おい! ワセデイのギルド、『霊薬の泉』からのモンだ! 助太刀してやっから取り敢えず……」


 だがその言葉は、最後を待たず遮られた。


 ラトドさんが怒鳴ると同時に、こちらに背を向ける格好で立っていた、エリタイぐらいの大きさの魔物が倒れ込む。


 多分奴こそが捜索隊を襲った、“雄”のエリタイだったのだろう。第二層で倒した雌よりやや大きい身体をしているが似たような大きさで、しっとりとしたテラコッタの皮膚に、同じく三角形の頭、尾に棘は生えていないがその代わりに、四肢には太い、カプリブルーの爪が並んでいる。背中には同じ色の棘が無数に生え、然しその殆どが、無残に折られてしまっていた。それ所か、鎌鼬かまいたちにでも遭ったような傷が全身に走り、血がテラコッタの皮膚を真っ赤に染めている。


 棘を刈り取られてしまった背を向けるように、倒れたエリタイのその先には。


 タイナちゃんよりは背が高く、俺よりは小柄な影が、たった一人で立っていた。


 影は刀身が細い、上品なデザインの両刃の剣を、突き刺していたエリタイの頭から、ずぶっと引き抜く。続けて剣をぶんと振るい、刀身にべったりと付いた血を払った。いつの間にか訪れていた静寂の中、やけにその音は大きく響く。


 ふと、俯き加減だった影は顔を上げると、俺達に気付いた。


 状況が理解出来ないのか、エリタイの陰になっていただろうタイミングで入り込んで来た俺達に驚いたのか、一瞬肩を揺らして固まると、腰に剣を収める。そして、被っていたフードを下ろすと、驚いたような声で言った。


「えっ……荒井君!?」


 思わぬ人物との再会に、俺は心底目を疑う。


「――い、今西いまにしっ!?」



 日本人らしい黒髪を、ポニーテールに結い上げた明るそうな少女――。彼女、今西真苗いまにしまなえは、俺の去年のクラスメートだったのだ。



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