052. 絶望ヘ走ル。
タイナちゃんは矢筒から、麻酔薬付きの矢を抜くと、まだ羽音が止まない第三層への通路へ弓を構え、ぐっと力むように溜めると矢を放つ。赤い光を纏った矢は、また通路を飛んで来た大群へ突き刺さった。
魔法で貫通能力を付加されたのだろう。矢は最初に接触したナラタを頭から貫くと、後ろにいた数匹にも貫いて飛んで行く。だが大群の前では、まだまだ手数が足りない。寧ろ羽音は、さっきよりも増してきたような気すらしてくる。
「チッ!」
タイナちゃんは、すぐさま新しくつがえた矢に、貫通能力を付与しながらも舌打ちした。
イタビノはまだあるが、ここで使い切ると、本命であるエリタイとの戦いを前に使い切ってしまう。
考えている間にもナラタの大群は迫り、それを貫通能力を付与した矢でタイナちゃんが貫くものの、余りの数に捌き切れない。
迷いを断ち切るように、ラトドさんが叫ぶ。
「――ここを切り抜けるのが先決だ! タイナの矢とイタビノで、爆破を狙うぞ! イタビノは、ナラタを追い払えるまで投げまくれ!」
「はっ、はい!」
「矢を切り替えるんで、合図頼むっす!」
ラトドさんの指示通り、今度は俺からイタビノを投げた。それをタイナちゃんがナラタの群れへ運ぶように、鋭く射抜いて爆破を起こす。
その度に粉々に吹き飛ばされるナラタ達だが、百三十人もの捜索隊の遺体を食べて繁殖したその数は、果てがあるのかと疑う程に凄まじい。俺もラトドさんも、すぐイタビノを使い切ってしまい、タイナちゃんが持っていた分も矢を放つ間にこちらにパスされ投げ込んだが、あっと言う間に無くなってしまった。この広い部屋中をびりびりと揺らすような爆発がひっきりなしに起きる中、それでもナラタ達は迫って来るのを決してやめない。
やられてしまうのか。こんな、どこの世界かも分からない、暗い地下の中で。
考えたくもないのに不安が勝手に、頭の中でむくむくと膨らむ。
もし俺達がやられてしまったら、ワセデイはどうなるんだろう。あの聞き込みの際、最初に尋ねた家のおばさんは? 絶対に倒すと、約束してしまった。今だって、息子さんの
俺も死ぬのか? ここに転がる遺体のように、魔物の餌にされた挙句、骨になってバラバラになって。
ブンブンと、さっき最後のイタビノで爆破を行ったにも
冗談じゃねえ。
じわじわと、毒のように身を支配しようとしていた恐怖が、鳴りを潜める。
混乱に流され、ずっと隅に追いやっていた思いが、じりっと燻る。
何が勇者だ。何が救世だ。俺は俺だ。神の使いだか何だか知らねえが、そんなもんになった覚えは一つも
帰るんだ。元の世界へ。
そこには俺を、待っている奴がいるんだよ。
こんな所で――。死んでたまるか!
「仕方
そう指示を飛ばしながら立ち上がるラトドさんより速く、俺は両手で剣を構え、第三層への通路へ走り出していた。付力魔法で強化した脚で、一気に通路の入口まで跳ぶ。
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