chapter 14/?

051. 暗い群れ


「まあ確かに、天井に貼り付いてたなんてなあ」 


 斧を担いだまま、顎に手を当てて考えるラトドさんに、タイナちゃんは口を開く。


「辺りに散らばってる遺体と、ナラタを切り抜けた安心で、気が緩んじゃってたんすねえ……。生き残りの皆さんの聞き込みの際も、雌に襲われたような傷は持ってなかったんでしょう?」


 俺は二人に尋ねた。


「でも、いつからいたんでしょう? 少なくとも一ヵ月前には、いなかったんですよね?」

「正確には、最後の捜索隊が入った時点ではって事だがな。多分、雄が先にここをねぐらにしようと入り込んで来て、後から付いて来たんじゃねえか? エリタイにはよくある習性だ。生息域を移る際、まずは雄が土地の調査に入るからな。それまで雌は、その辺の森の中なんかで潜んでるんだ。雄が暫く行ったっきり帰って来なかったら、向かったその先の土地は安全だって証になって、雌は遅れて合流する。警戒心が強いからな。特に雌が子持ちだったら、顕著に見られる習性だ」

「子持ち?」


 俺は目を丸くする。子供なんて別に、一匹も見てないけれど。


「エリタイは卵生なんすよ。まあ腹を切ってみないと、卵持ってるかは分かんないんすけれどね。一部の美食家からは珍味と名高く、高価買取商品っす」

「うげえ」


 思わず呻いた。


 こんなおっかない奴の卵食べんのか。ていうか、腹を切ってみないと分かんないって。もしや今からチェックすんの?


 なんて思っている間にラトドさんは、すたすたとエリタイの頭部へ歩いて行くと、両腕で斧を振りかぶり、ぶっつり首を斬り落としてしまった。骨が斬り落とされた音だろうか。ごとんと石にでもぶつかったような、重い音も鳴る。


「――まあそういうのは後だ。タカウとガイの効果が切れる前に、下に下りるぞ。リュウタ、さっきのでもう一回、下の様子を探れるか? 今度は慎重に……」


 突然第三層への通路からブンブンと、バイクのエンジンような音が響き、ラトドさんの声を遮った。


 ナラタだ。


 それも、第二層への通路で蹴散らした数とは、比べ物にならないぐらい大群の。


 緩んでいたラトドさんとタイナちゃんの表情が、その危険度を示すように引き締まる。


「こいつは……残りのやつが、纏めて迫って来てんのか!」

「エリタイの後ろに隠れましょう! ウチが隠れながら迎撃するんで、お二人はイタビノで援護を頼むっす!」

「え、えっ!?」


 話し声を掻き消す程の羽音がぐんぐん近付いて来る中、俺はラトドさんに引き摺られるように、エリタイの頭部側に回り込む。斬り落とされた首からは凄まじい勢いで血が流れ出ており、思わず吐き気を催した。


「う……っ」

「死んでんだから何とも無えだろ!」


 ラトドさんに怒鳴られながら、頭を押し込められると屈み込む。


 タイナちゃんはエリタイの左半身へ隠れ、前足と後ろ足の間に屈むと、後ろ足の上から頭を出すような姿勢で弓を構えた。もう通路の奥からは、赤い光の粒を纏う、黒い塊のようにナラタの群れが迫り来る。――取り出した矢は、麻酔薬を入れた仕切りのものとは異なる矢で、弓を構えたままタイナちゃんは叫んだ。


「――イタビノお願いするっす!」


 既にイタビノを握っていた右腕を、ラトドさんは思い切り振り抜く。


 鉛のように淀む空を裂いていくイタビノを、追走するように放たれたタイナちゃんの矢が、第二層へナラタが溢れる直前に貫いた。


 投げるなどの強い衝撃を継続的に数秒間与える事で、時間差で爆ぜる特徴を持つイタビノだが、矢に貫かれる事でタイミングを操作される。第二層へと溢れようとしたナラタの群れの、先頭付近で光を発した。


 イタビノに目をやられないよう、俺達は顔に腕を翳して目を瞑る。その瞬間、腹に刺さるような音が轟いた。俺は思わず両手で耳を塞ぐと、イタビノの光が消えるのとほぼ同時に目を開ける。


 第三層への通路の入り口では、煙が立ち込めていた。辺りでは小さな火が燃え、まるで爆発が起きた後のように、床や壁が円形に抉られている。そんな衝撃を目の前で受けたナラタ達は一匹残らずバラバラになり、無残に四方へ散らばっていた。


「な……何だ!?」


 驚く俺にラトドさんが、イタビノを取り出そうとウエストポーチに手をやりながら説明してくれる。


強化薬きょうかやくに漬けた矢だ。狩り道具の効果を、一時的にだが強烈に跳ね上げる作用を持ってる。イタビノの発する光を高熱に押し上げて、即席の爆弾に変えて吹き飛ばしたんだ。イタビノを爆弾代わりにするってのはよくある手で、こいつを受けりゃあ大抵の魔物はバラバラなんだけどよ……」

「――何せ数が多いもんで!」


 前方から、鋭いタイナちゃんの声が飛んだ。



 確かにナラタの羽音は、小さくなっただけで止んでいない。



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