049. 自若の射手
「うわっ!?」
然し後方から飛んで来た尾で、部屋の左手へ薙ぎ払われる。身体はゴッと、踏切を走って行く電車のように、凄まじい音を立てながら空を切り、吸い込まれるように壁が迫って来た。
叩き潰されて、壁にへばり付いた蚊の死骸が、勝手に頭に浮かぶ。
「――っ!」
「リュウタさんッ!」
エリタイが痛みに暴れ回る音の中から、紛れてしまいそうなタイナちゃんの声が微かに聞こえた。
ヒュンと鋭い音が空を裂いたと思うと、急に襟足を掴み上げられるような力がかり、フードが天井に縫い付けられる。壁へと向けられていた力は、天井に縫い付けられた一点に吸い込まれ、がくんと強い衝撃に変わると急停止した。目が回りそうになるが、何とか意識を保って天井を見上げると、フードを貫いた矢が、天井に突き刺さっている。
タイナちゃんだ。俺が壁に叩き付けられるのを防ごうと、フードを射抜いて勢いを止めてくれたらしい。矢は薄ぼんやりとスカーレットの光を帯び、タイナちゃんの魔力が込められていると分かる。人一人ぶら下がっているのに矢が折れないのは、タイナちゃんが矢に、
魔力とは生物には勿論、物体にも流す事が出来る。まだ魔法の練習を始めたばかりの俺は、自分にかける事しか出来ないが、付力魔法とは物体にかけると、頑丈さや、その物体が本来持つ性質を強化する事が出来るらしい。だが咄嗟に助けてくれたのだろう。矢にかけられた付力魔法は一時的なものだったらしく、すぐにスカーレットの光が消えると本来の強度に戻り、ぽきっと呆気無く折れてしまった。
「うわ――っとと!」
俺は地面に触れる直前に、何とか身体に付力魔法をかけると四つん這いで着地する。勇者の力で身体能力が強化されているとは言え、そのまま落ちると怪我を負っていただろう。どすんと鈍い衝撃が身体を襲うが、魔法で強化されているので何ともない。
すぐに顔を上げて立ち上がると、遠くでエリタイが暴れ回っていた。上顎から額にかけて真っ直ぐ走り、そこからザクロのように不規則に駆け回って裂けた傷から血を撒き散らしているが、まだ致命傷には遠いらしい。怒りを買ってしまったようで、指を切り落とされた前足と、尻尾を振り回しながら暴れている。どうやらラトドさんとタイナちゃんを狙っているようで、俺には見向きもしていないが、二人は猛攻につけ入る隙を見出せず、前足や尻尾を何とか躱していた。
俺はすぐに二人を助けようと駆け出すが、右から大きく振るわれたエリタイの尾が二人を捉え、こちらに向かって吹き飛ばして来る。
「――ちっ……! このデカブツが!」
「……!」
ラトドさんは斧を盾代わりにして、何とか重傷は負わずに済んだが、身軽な装備のタイナちゃんは尾の棘を叩き付けられ、右肩に大きな傷を食らってしまっていた。
二人までは、部屋の端まで飛ばされかけたこちらからはまだ距離があり、吹き飛ばされた二人に驚いて立ち止まりそうになった俺は、慌てて加速する。
「……タイ」
俺の声に気付いたタイナちゃんは、すぐにこちらへ上半身を捻ると、弓を持ったままの左手で、人差し指を唇に当てた。「静かに」と、その身振りと表情で俺に訴えながら、痛みを堪え右腕をウエストポーチへ回すと、霊薬が入った瓶を取り出し、中に入っている透明の液体を飲み干す。
ワセデイの広場にあった、あのド派手な噴水の水だ。あれは天然の霊薬であり、調合せずともそのまま「ハテニ」と呼ばれる、止血と鎮痛作用がある薬として使う事が出来ると二人に教わった。ワセデイを訪れる冒険者達は必ずあの広場に立ち寄って、瓶に噴水の水を詰めて行くらしい。住民達の生活にも広く利用されており、捜索隊の治療にもきっと、使われているだろうとの事。この地下採掘場に向かう前に俺も二人に倣って、瓶に詰めて持って来ている。
俺がシスターに持たされていた、ガエルカおじさんにあげた霊薬は、調合素材が不明なかなり高性能なものらしく、極力使わず大事に取っておいた方がいいと、ハテニを持って行く際二人に勧められた。
ハテニを飲み干したタイナちゃんの顔から汗が引き、右肩が使えるようになったのが、スムーズに矢筒から矢を抜き取る動作で分かる。だが施したのは止血と鎮痛であり傷は開いたままなので、油断は禁物だ。
タイナちゃんに騒ぐなとジャスチャーで訴えらえたのは、エリタイが余り目がよくない魔物だからだろう。エリタイはその不自由な目の代わりに、主ににおいや音で周囲を認識するらしい。
まずはその認識機能を奪う為、俺の
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