chapter 13/?

048. 三位一体


 それは、しっとりしたウイスタリアの皮が鮮やかな、巨大な蜥蜴とかげのような姿をしていた。


 体高は凡そ、一・六メートル。どっしりと、腹を床から僅かに浮かせるような姿勢で身を支える、外に曲がった太い脚には爪が無く、指先がヤモリのように丸くなっていた。頭から胴の大きさは中型の乗用車程もあり、その胴よりまだ丈がある長い尾の先には、骨を思わせるような質感の、無数のトパーズ色の棘が生えている。何より印象的なのは頭の形で、進行方向へ頂点を向けるような大きな三角形をしており、ハンマーヘッドシャークの頭が、三角になったような形をしていた。三角の頂点付近には小さなトパーズ色の目が、きょろきょろと辺りを見渡している。


 その怪物の全長は凡そ、十メートル。


 ……あれがエリタイ、なのだろうか?


「ゲォッ、ゲォッ、ゲォッ」


 喉を鳴らし、潰れた蛙のような声を発したと思うと、こちらに気付いた蜥蜴とかげの化け物が突進して来た。太いがに股のような足の形からのそのそと走って来るかと思いきや、犬のように素早く猛進して来る。


「――目を閉じて下さい!」


 俺は咄嗟に左手を、ショルダーポーチへ回す。背中のポケットにしまっていたイタビノを、上半身を化け物へ捻りながら放り投げた。ぎゅっと目を瞑ると同時に瞼の裏が、オレンジ色になる程の強い光に襲われる。


「ゲォッ!?」


 化け物の声が、調子外れになって響く。床を蹴っていた足のリズムも、急に不安定になると崩れて止まった。


 イタビノが効いたらしい。俺はその隙に、二人の腕を下から掴んで持ち上げると、引き摺るように化け物の背後を目指し、左から弧を描いて走り出す。然し二人はすぐに状況を理解すると、俺の手を離れて自力で駆け出した。


「――サンキューな!」

「ナイスプレーっす!」


 タイナちゃんは言うと、眩暈を振り払おうと頭を振っている化け物へ、走りながら矢を放つ。矢は吸い込まれるように、化け物の右後ろ脚の膝裏へ刺さった。


「ゲッ!?」

「うーん肉厚!」


 タイナちゃんは残念そうに言うと、右手をウエストポーチに回す。三つの仕切りの内、既に薬品を流し込んだ部屋とは別の部屋に、素早く別の薬品を流し込んだ。同時にトパーズ色の棘が付いた尾が唸りを上げ、鞭のように頭上から飛んで来る。


 前を走っていた俺とラトドさんは、そのまま化け物の真後ろに回り込むように駆けてなした。攻撃と作業でやや遅れ気味に続いていたタイナちゃんは急停止すると、尾が床を叩き終えるのを待ち、踏切の遮断かんを潜るように、持ち上がる尾の下を走って追い付く。


「クッソつがいで入り込んでやがったのか……! ありゃ雌じゃねえか!」


 タイナちゃんを庇うように前に出て剣を構えた俺の右手で、ラトドさんも斧を構えながら鬱陶しげに言った。


「雌!?」

「あァ! エリタイはエリタイなんだけどよ! ありゃあ雌の方だ! 指先に爪がえのは気付いたか!? 雌は主に、あの棘塗れの尾を叩き付けて獲物を狩るから、生き残り共が受けてた、一本の直線状の裂傷ってのは出来ねえんだ!」

「大抵あの尻尾の棘にやられて、槍で突かれまくったような痕が出来るんす!」


 タイナちゃんが言いながら、エリタイの尾が叩き付けられたばかりの床を指す。目を向けると確かに床は、音楽室の壁みたいな、無数の穴が開いてひび割れていた。あんな攻撃を受けてしまえばここに倒れる遺体のように、バラバラに吹き飛ばされてしまうだろう。


「ゲォッ」


 目が覚めたのかエリタイは声を発すると、こちらに向き直ろうと足を動かす。


 ラトドさんは舌打ちすると、迷わず俺達に指示を飛ばした。


「――仕方え、敵は増えちまったが、予定通りに行くぞ! 俺とリュウタが前に出て、タイナが援護だ! 基本は俺とリュウタが左右から攻めて、タイナは中央から弓で狙え! 声を掛け合いながら、臨機応変に対応するのも忘れるな!」

「ゲォッ!」


 雌のエリタイは不気味な声を発すると向き直り、三角形の頭を突き刺すように、顎を広げて突進して来る。


 陣形を保つように、俺とラトドさんは左右に跳んで躱し、タイナちゃんは付力ふりょく魔法で脚力を強化すると、十メートル近いエリタイの全長を跳び越えた。空中で身を捻りながらエリタイの背中すれすれを行く鋭いジャンプで、俺とラトドさんの背後へ着地する。


 的が消えたエリタイは急停止すると、右半身の脚を軸に身体を捻り、突っ込んだ勢いそのままに方向転換して向かって来た。巻き上げられた埃が、渦を巻くように四方へ散る。すぐに後ろ足で床を蹴ると爪の無い指を広げ、両腕で俺とラトドさんを抱くように飛びかかる。


 が、先に向かい合うよう着地していたタイナちゃんが、俺とラトドさんの間から、方向転換の隙を突くように矢を放った。エリタイがこちらに振り返るのとほぼ同時に放たれた矢は、咄嗟に頭を低くしたエリタイの、左目のすぐ上を捉える。


 矢をなす事で動きが鈍ったエリタイは、両腕を俺とラトドさんに振るった瞬間に、僅かなタイムラグを生んでいた事を知る。そのラグは、俺をラトドさんの背後へ後退させ、ラトドさんには、爆破魔法を練る時間を与えた。


 ラトドさんは腰を落とし、両手で握った大斧を、半円を描くように右へ薙ぐ。


 狙い澄まされた一撃は、両脇から迫るエリタイの手の平をにぶち当たった。武具屋で磨き上げられた大斧は連続爆破を起こしながら、エリタイの前足から指というものを奪い去る。大きな芋虫のように八つのウイスタリアの指が、赤い飛沫を撒きながら宙を舞った。その痛みを叫びに変えようと、たまらずエリタイは後ろ足で仰け反る。


 が、そんな暇は与えない。


 頭から尻尾の長さは、凡そ十メートル。


 観察していた情報を頼りに、ラトドさんが斧を振るうと同時に床を蹴っていた俺は、エリタイの頭上にいた。


 今まさに、叫びを上げようと開かれたエリタイの口が、真っ赤に天井へと向けられる。俺はそこへ落ちて行くように、両手で握り締めた剣を、頭の天辺てっぺんから振り下ろした。


 ――イメージは、熟れたザクロ!


 強く意識を集中させながら放たれた剣は、エリタイの上顎から顔の中心へぶち当たった。そこで初めて、エハアラと戦った時より万喰よろずぐらいの切れ味が、確かに上がっている事に気付く。然しタイナちゃんが零していたように、厚みを感じるエリタイの肉を断ち切る程には至らない。だが切れ味を知れた瞬間と入れ替わるように、刃に集めていた魔力が魔法となって炸裂する。


 表皮近くで止められていた剣の傷が、突然不規則な形に裂けた。血を撒きながら赤く深々と走った亀裂は、エリタイの肉を深部まで露わにする。


 ラトドさんから教わった、時間差で、纏った魔力を炸裂させるという裂傷魔法れっしょうまほう――。それを込めた、完全に予想外だったろう追撃に、エリタイは大きく前足を浮かせ仰け反った。



「――ゲエォオッ!?」



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