046. 強行突破


 ラトドさんが通路の入口に着地すると同時に、第二層からナラタが飛んで来る。


 数は五。斧を振り終えて動けないラトドさんの隙を埋めるように、後ろから走って迫って来ていた俺が、ラトドさんの前に立って剣を払った。刀身に意識を集中させた一撃は、魔力を纏って空を切る。斬撃となった風圧は、刃のように正面のナラタを三体両断するが、天井付近を飛ぶ残り二体には攻撃が及ばない。


 残りのナラタがギチギチと、軋むような音が立つ程の大顎をこちら向けて開いた瞬間、待ってましたと言わんばかりにその顎の中心を、タイナちゃんの矢が頭まで貫いた。


「――先輩無駄に壊しちゃ駄目っす!」


 後方からのタイナちゃんの声に、俺とタイナちゃんが作った一瞬の隙の間に、床から斧を引き抜いたラトドさんが返す。


「狭いんだから仕方えだろ!」


 後ろからラトドさんの、イタビノが投げ込まれた。


 俺が腕を翳しながら、正面へ背を向けると同時に、また現れていたナラタの羽音が、凄まじい光が発せられるとぴたりと止まる。


「進むぞ! いつまでも留まってちゃキリが無え!」


 ラトドさんが第一層中に響くような大声で指示を飛ばすと、後方からタイナちゃんが後を追ってくる足音が聞こえる。俺はそれを感じながら前進し、奥で目を潰されているナラタ達に斬りかかった。赤い目を明滅させて地に這い蹲る四匹へ、剣を叩き落す。


「いいぞリュウタ! 第二層まで蹴散らすから、一旦下がれ!」

「はい!」


 振り返ると中腰になったラトドさんが、斧を右手に構えていた。右足を前に踏み出し体重をかける形で、ぐっと両腕に力を溜める。斧の輪郭が闇の中で、じわりと橙色の光を纏って光った。すると今度は八匹ものナラタが、塊となって追って来る。


 その気味の悪さに、すうっと背中が冷たくなった。キリが無い。もう羽音はバイクのように喧しく、慌てて引き返す俺の足音も聞こえない。


「くそ……!」


 ナラタの数は更に増え、十五匹程になっていた。もう通路の奥はナラタに覆われ、黒光りする壁が迫って来るような錯覚を覚える。感情の見えない真っ赤な複眼が、毒々しく闇を斑に彩り、真っ直ぐに俺達を捉え、もう目の前まで飛んで来た。


 妙に息が切れる。


 間に合うか。


 ラトドさんまであと、何メートルだ。


 ――俺が背後へ下がるのと同時にラトドさんは、全身の力を乗せるように、鈍く光る斧を振るう。


「――おォら!」


 真一文字に振るわれた斧は、唸りを上げて通路内の空気を裂いた。俺が引き付けていたナラタ達に接触すると、爆ぜて炎を撒き散らす。


 ラトドさんの十八番、爆破魔法だ。火の魔法の上位に位置するもので、高熱と弾けるイメージを元に生み出される、火の魔法より威力が高く、難易度も高い魔法。その爆破をイメージした魔力を纏わせた斧の一撃が、接触と同時にナラタを粉々に焼き飛ばした。我先にと密集していたナラタ達は、先頭の一匹の爆破に巻き込まれるように、一斉に弾け飛ぶ。


 ぱあっと炎で通路内は赤く照らされ、鼓膜がびりびりと揺れるような爆音が鳴り響いた。湧き出すように襲い掛かって来たナラタ達は、木っ端微塵の肉片と化し、火の粉と共に四方へ飛び散る。


「先輩!」


 追い付いた事を示すように、後ろからタイナちゃんが叫んだ。


「おう! 下にでけえ魔物の気配がしたらしい。もう動いてるみてえだ。これ以上捜索隊の死体が食わる前に、一気に下りて追い込むぞ! ナラタには気を付けろ!」

「はい!」

「うっす!」


 走り出すラトドさんに、俺とタイナちゃんが続く。


 弓使いのタイナちゃんは、俺とラトドさんをやや前へ置くように距離を開けながら走り、奥からナラタが飛んで来ると、ラトドさんの間合いに入る前に攻撃に移った。タイナちゃんが狙っていないナラタはラトドさんの斧、ラトドさんが斧を振り切って隙が生まれた瞬間には、俺が脇から出て攻撃しカバーする。


 走りながらでの戦いだが、タイナちゃんの正確な弓と、ラトドさんの斧のコンビネーションが絶妙で、ラトドさんが斧を構え直す時間と、矢をつがえたタイナちゃんが狙いを定める隙を俺の攻撃で作るだけで、無数と言っていい勢いで襲い掛かって来るナラタ達が、凄まじい勢いで倒されていく。


 そのまま押し通る形で通路を抜けると、第一層の部屋よりも一回り程広い、第二層の部屋へ辿り着いた。ナラタは今通過して来た通路で大方退治出来たのか、今の所は見当たらない。


 部屋には第一層よりも、沢山の遺体が落ちている。こちらも白骨化してしまっているが、遺体の損傷具合が第一層より激しかった。まるで、烏に食い荒らされた生ごみのように、骨がバラバラになって散らばってしまっている。


 床には第一層と同じように、捜索隊の遺体やリアカーなどが転がっているが、何かの破片のようなものも混ざっていた。黄みがかった半透明の、ビニール袋を思わせるような質感である。それで大きな風船でも作って破裂させたのか、粉々になって遺体の周辺に共に落ちていた。


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