044. 異音


 口を開いたタイナちゃんは、部屋を見据えながら続けた。


「……ナラタはいないみたいっすね……。――遺体を調べてみましょう先輩。一応ウチが辺りを警戒しとくっすから、リュウタさんと何か魔物について掴めるものは無いか、調査を頼むっす」


 タイナちゃんは毅然とした態度で言うと、ラトドさんと入れ替わるように先頭を行く。ラトドさんは俺を見ると、強く言った。


「……勇者は五感が優れてるんだったか。しっかりしろ。まだ魔物はいねえみたいだから、ここは安全だ」

「は、はい……」


 大きな手で背中を叩かれ励まされると、何とか歩き出す。


「一応、ランタンを切っといて欲しいっす。魔物が潜んでいたら、場所を教える事になっちまうっすから」


 背負った矢筒に手をやりながら、既にランタンを切っていたタイナちゃんが素早く言った。確かに、霊薬の効果が切れるまでは必要無いと、ツマミを捻る。


 灯かりが消えるが、はっきりと周囲を見渡せるという奇妙な感覚の中、タイナちゃんを先頭に、そろそろと足音を消して進んだ。すぐに通路は開けて、第一層の部屋に辿り着く。


 床や天井、壁は、切り出された形ですべすべしており、灰色がかった白という石の色もあって、柱の無い地下駐車場に立っているような気分になる。部屋に辿り着くとタイナちゃんは、俺達を置いて行くように小走りになると、部屋の中央に向かった。すぐに右に曲がると、どうやらその先にあるらしい、第二層への通路を確認する。そしてぐるりと辺りを見渡すと、こちらに向かって手を振った。


「――大丈夫っす! 何もいないっすよ!」


 タイナちゃんが走り出すと同時に足を止め、様子を窺っていた俺とラトドさんは、微かに緊張を緩めると、タイナちゃんと合流する。丁度部屋の中央部には、地上へ逃げ出そうとした遺体が多く散らばり、無残な姿を晒していた。タイナちゃんは警戒を怠らず、俺達が追い付くのを確認すると、第二層への通路へ向かう。


 タイナちゃんが第二層の通路の前で、いつでも矢を放てるよう立つのと同時に、遺体の一つを足元にしていたラトドさんが言った。


「……肉がえからなあ。傷の情報ごと、殆ど身体が消えちまってる」


 確かに遺体はもう骸骨で、特にどう殺されてしまったのか、掴めない状態になっている。


「……でも、服が破られてますよ」


 俺は、初めて見る人骨への恐怖を堪えながら、指を向けてみる。腐敗臭の不快感は、まだ消えない。


 白骨化している上に、一ヵ月も経っているというのにまだ臭うとは、確かにラトドさんの言う通り、勇者は五感が優れているらしい。二人は慣れているのか、全く表情を変えないのも、余り一般的な感覚ではないとは思うが。少なくとも俺が暮らしていた世界では、こんな惨い光景滅多に見ない。人の死体と会う機会なんて、葬式ぐらいだ。


「おっと。そうだな。どれどれ……」


 ラトドさんは片膝を着くと、まじまじと遺体を見た。


 そのうつ伏せに倒れた遺体は俺達のように、動きやすい服装の上に胸当てや籠手を纏っていて、背中の部分が右肩から左足の付け根に向けて、斜めに引き裂かれたような穴が開いている。胸当てに守られていて背中は無事だが、右肩と、腹の真裏辺りから尻にかけて、鎧が無い部分は容赦無く破り取られていた。


「……やっぱりエリタイっぽいな。爪で後ろからやられたんだろう。服の繊維の断たれ方が、聞き込みの際に見せて貰った、傷の形とよく似てる。大きさと言い、同じ魔物にやられた事は間違いえな。――壁や床にも何か痕跡が無えか、探してみるか。リュウタ。お前は部屋を、壁伝いに左にから回れ。俺は右から回る。天井もしっかり見るんだぞ。少しでも妙に感じるものがあったら、すぐに呼んでくれ」

「わ、分かりました」

「――タイナ! お前は第二層への警戒を頼む!」


 ラトドさんは声を張り上げながらタイナちゃんの方を見ると、タイナちゃんは第二層へ向いたまま、弓を持っていない右手を軽く上げて応じた。その背中は武具やの前で見せた、戦う人の雰囲気を纏っていて、鋭くどこか近付きがたい、硬質な空気を漂わせている。きっと顔を見れば、無邪気な笑みは削ぎ落されている事だろう。警戒はタイナちゃんに任せ、第一層の調査に取り掛かる。


 念入りに注視しながら部屋を歩くが、目に付くのは切り出して積み上げられた石材と、それを運ぶリアカーが主で、その足元に転がる白骨化した遺体が、異質さを放っているだけのように見える。つまりエリタイと予想されている魔物は、的確に捜索隊を襲ったという事だろうか。壁や床、天井も探してみるけれど、爪痕らしきものは見当たらない。……この切り出されている石、実はとても硬いとか? 


 何となく、そんな気になって片膝を着くと、床に触れてみる。心地のいいするりとした感触で、磨き上げられた木材のようだった。――床に触れた手を伝って、何かが身体を走る。


「ん?」


 音? 声?


 何か振動のようなものを感じて、手の平に意識を集中させる。……が、もう感じない。気の所為だろうか? 何か下の方から、動物の唸り声……みたいなものが、したような気がしたんだけれど。


 そう思いながら剣を収め、両手で床に触れてみるが、やっぱり何も感じなくなっていた。でも一応、確認しておこう。


「……ラトドさん!」



 壁伝いに、部屋の右半分を調べていたラトドさんに声をかける。 



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