chapter 12/?
043. 苦しみに果てる
入り口の目印になっている巨大な石は氷山の一角のようなもので、地中に埋まっている部分が全体の殆どだったらしい。地下へと伸びる通路は土の茶色から、すぐに灰色がかった石の白に変わる。
石の表面はすべすべとしていて、通路は思ったより歩きやすい。ただ、冷たい空気は重く淀んでいて、俺が緊張しているだけなのかもしれないが、ピリピリと張り詰めていた。中型の乗用車が通れるぐらいの幅を持つ通路に、ただ三人の足音が響く。
どれぐらい歩いただろう。足元しか見えない闇の中を、迷わず真っ直ぐ歩いていたラトドさんが、ふと立ち止まって斧を握っていない左手を軽く挙げた。昼間の作戦会議で決めていた、「止まれ」の合図だ。俺とタイナちゃんは、ラトドさんの背に張り付くように、素早く距離を埋める。
「……なァーんか臭えな。魔物か、腐敗臭か」
顔を顰めているのだろう。不快そうなラトドさんの呟きが、背中越しに闇へ落ちる。
魔物は、腐ったような臭いをしているらしい。昼間にラトドさんから教わった。思えばエハアラと遭遇した時も、硫黄のような異臭を覚えている。
言われて空気の匂いを嗅いでみると、確かに何か強い、嫌な臭いがした。余り腐ったものに触れた経験が無いから、表現に困る。
「この先は第一層だ。馬鹿みてえにだだっ広いから、気を付けろよ。特に遮る物も
ラトドさんは指示を飛ばすと、ショルダーポーチから、手の平サイズの試験管のような瓶を取り出した。中に入っていた黄みがかった半透明の液体を、一気に飲み干す。
ガイと呼ばれる、暗い所でも昼間のように見る事が出来る力を、一時的に得る事が出来る薬らしい。冒険者――。特に、ラトドさんやタイナちゃんのように、魔物を狩って生計を立てているハンターは、このような特殊な効果を持つ薬、『
俺がオマ村でガエルカおじさんに渡した薬も霊薬の一種で、医者が出す薬より遥かに効き目が早く、急速に傷を癒す効果を持つものの一つだろうと、ラトドさんが教えてくれた。霊薬は魔物の身体の一部や植物、特殊な鉱石などを混ぜ合わせて作られ、同じ効果を持つ霊薬を生み出すレシピは何通りもあるらしく、霊薬そのものの種類は、何千種にも及ぶとか。
俺が今飲んだ赤い霊薬、タカウは、オマ村を出る際、霊薬の調合が得意な村人から頂いたもので、ラトドさんとタイナちゃんが飲んだガイと、ほぼ同じ効果を持つ。材料は主にエハアラの血で、俺が倒したエハアラを元に作られたものだ。主に洞窟で暮らすエハアラは、暗い場所でもはっきりと周囲を見渡せる目を持っており、その特性を一時的に得る事が出来る。魔物の身体はこうした霊薬の調合や、武具の材料として重宝され、村人達が担架で死骸を運んでいたのもこのように、暮らしに役立てる為だった。オマ村の人々はこのタカウを利用して、夜間でも狩りに出かけるらしい。霊薬をしまう瓶は、この試験管のような形と主に決まっているらしく、栓となっているコルクを空になった瓶に押し込むと、ポーチにしまった。
飲み込んだ無味無臭のタカウが、胃に染み渡るのを感じると、黒い布を張られたように距離感を狂わせて来ていた闇が、くっきりと立体的な景色になる。だがタカウを飲んだ事を、俺はすぐに後悔してしまった。
「う……っ!?」
闇を見通す力を得た、目を見開く。ラトドさんのすぐ向こうに見える、通路の果てで広がる光景に、思わず呻くと口を覆った。
芥川龍之介の、『羅生門』を思い出す光景だった。学校のグラウンドのように広く、体育館より天井が高い正方形の部屋には、所々に切り出した石を積み上げた場所や、それを運び出すリアカーが幾つも転がっている。だが何よりも目を引いたのが、捜索隊の、遺体達だった。
捜索隊が魔物に襲われたのは、第二層からだと聞いてどこか油断していたが、そんな訳が無かったのだ。この地下採石場は全て一本道で繋がれていて、つまり逃げ道も一本しか無い。何とか魔物の攻撃に耐え、逃げ出そうとここまで走って来た生き残り達が、その僅かな希望を粉々にされたように、追って来た魔物に背後から、殺されてしまったのだろう。皆こちらに頭を向けて、うつ伏せに倒れていた。一ヵ月という時間は、その身を殆ど骨にしてしまい、その骸の周りには腐り果てた肉が、ゴミや汁となって床にこびり付き、大きなシミを作ると、すっかり干からびていた。
遺体は全てが五体満足という訳ではなく、魔物に襲われ下半身を失った骸、上半身が吹き飛ばされた骸など、それはその瞬間の苦しみを、見る者に刻み付けるような姿をしていた。
ガイではっきりと、この地獄のような光景が見えているタイナちゃんは、部屋から目を逸らさずにゆっくり言う。
「――大丈夫っすよリュウタさん」
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