chapter 11/?

039. 景勝


 魔法の練習と、戦いに用いる道具の使い方の説明を受けるなどの準備を済ませるとギルドに戻り、ギルドの前に待っていた、トノバさんが用意してくれた馬車に乗り込んだ。日暮れ頃に地下採石場に着くよう出発した馬車は、ワセデイを抜け、一時間程で郊外の森に入る。


 森の中は公園のように整備されており、道も通っていた。暫くはただ針葉樹の林が続いていたが、やがて高層ビルのような巨大な石の塊が、ぽつぽつと見えてくる。あれがワセデイの特産品である、上質な石らしい。確かにワセデイを成している石材と同じ、灰色がかった白い色で、水平線に僅かに濃いオレンジを残し、ブドウ色から漆黒へと染まっていく夕暮れの空の中、突き破るように地中から生えていた。


 ぼうっと闇にその白が浮かんで、足元に針葉樹の森が広がる様は、何だかとても不思議だった。空にはびっくりするぐらいの星が光っていて、その下をリアカーのような屋根の無い荷台に、俺達を乗せる馬車がガタゴトと駆けて行く。鈴のような虫の音が、馬車にも掻き消されないぐらいリンリンと鳴いていて、それは素晴らしい景色だった。


「すげえ……」

「何だ。お前の住んでた世界には、星はえのか?」


 景色に見惚れ、空を見上げて呟く俺に、向かいに座るラトドさんは笑う。


 ラトドさんを含め俺達三人は、日が沈む間に立てた作戦の為に新たに買い込んだ、フードが付いた黒茶色の外套を着ていた。地下採石場に潜んでいる魔物から、少しでも身を隠す為のものらしい。あとはなるべく装備に、汚れを付けないよう。風通しが悪い地下採石場では、どんな菌や生物が潜んでいるから分からない。


 昼食も含め、この戦いに関する俺の分の道具の費用は、全てラトドさんが出してくれている。この戦いが上手くいったら、必ずお返ししますと言ったら、それを願掛けにツケといてやるよと、にやりと笑って返された。最初はとんでもなく怖い人かと思ったけれど、本当にいい人である。


 実はこっそり、タイナちゃんの弓のチューンアップ代も、「この際だからついでに取っとけ」と、後から負ってくれたと彼女から聞いた。因みにバラしたら怒るので、絶対にラトドさんには内緒の事。


「ありますけれど、こんなに見えた事は無いな……」


 そんな事を考えながら俺はまだ、星空に見惚れながら返した。もしかしたら救世の力で、視力が上がってよく見えているだけなのかもしれないけれど。


 でもそれでも、本当に綺麗だ。かすみにも見せてやりたい。星を眺めるのも、夜に外出するのも久し振りで、今から戦いが始まるというのに、どこか気分が弾んでしまう。


「いい事じゃないっすか。星を眺めると、目がよくなるって言うっすし。弓使いは特に、目が大事っす」


 隣で、外套のフードを被ったタイナちゃんが、うんうんと頷く。黒茶色の外套に、翡翠色の髪が映えていた。


「ウチもよく眺めるっすよ。故郷の村にいた頃、両親に星座を教わったもんっす」

「そう言えばタイナちゃん達って、どうして旅してるんだ?」

「ん。どうしてって言われると言葉に困るっすけれど……」


 タイナちゃんは、顎に手を当てて空を見上げると、難しい顔をしてから続ける。


「――まあ、戦争が終わって平和になったから、その世界の様を、見てみたくなったって感じっすかね。元々、村の外に興味はあったっすし、狩りも得意なもんでしたから、訓練所で冒険の心得を学んで、合格出来たら旅にでも出てみようかなーと」

「ご両親、反対したんじゃないか? 女の子が一人旅なんて危ないって」

「まあーそれはちょっとは言われたっすけれど、折角世の中も平和になり始めたんだし、勉強のつもりで行って来いって見送られたっす。村もまだまだ戦争から立ち直っている最中で貧しかったもんすから、ウチが冒険で得た金品を村に送って、村の再建の役に立つと言われた以上、駄目だとは言えなかったみたいで」


 タイナちゃんはそう言うと、にぱっと笑った。


「しっかりしてんなあ」


 心の底から思う。俺と同い年ぐらいなのに。


 タイナちゃんは照れたようで、でれでれになりながらも慌てて手を振った。


「いえいえそんな事無いっすよー! ウチぐらいの歳の子なんて、本当なら村に残って畑とか動物の世話をするのが本来っすし! 自由にさせてくれてる両親と、先輩あっての事っす!」

「確かにずっと気になってましたけれど、何でラトドさんは、タイナちゃんと旅を?」

「あァ?」


 じっと腕を組んで、俺達の遣り取りを聞いていたラトドさんは、片眉を上げた。人相が相当悪い上に丁寧とは言えない返事だが、今なら怒っているのでは無く、ただ応じただけだと分かる。



 ラトドさんは、面倒そうな顔をしながらも何かを思い出すように、右斜め上を見上げながら話し出した。



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