038. その壁は、天よりも高く。


「…………」


 人差し指が燃える手を振り、ラトドさんが火を消すのを見ながら、俺は考える。


 魔法。あれば旅にも便利で、戦いにも有利になる。


 こっちの世界では当たり前にあるもので、悪用されないように管理もされている、人々の為にある技術。


 俺が住む世界の魔法とは、全く違う。


 いや、余り接点の無い俺達――。魔法が使えず、地道な努力で磨いて来た技術で文明を発展させて来た、『鉄側てつがわ』と呼ばれる俺達が魔法なんて語れはしないが、それでもこの世界の魔法の姿に、違和感を覚えずにはいられない。


 魔法とはもっと、未知で、危険なものだ。


 技術に差を感じるように、魔法の進歩具合も元の世界と異なっているのだろうか。こちらの世界での魔法とは主に、生活の道具という形で収まり、それ以上の力を振るう魔法は、限られた者にしか使えない。


 確かに俺の住む世界とは、大違いだ。俺の住んでいた世界の魔法とは、もっと何でもありで、生活の道具にするなんて当たり前という能力の上に、俺達鉄側の技術を結集しても解き明かせない神秘に満ち溢れ、ミサイルよりも、核よりも恐ろしい猛威を振るう。たった一人の魔法使いが鉄側を襲うだけで、どれ程の被害をこうむるか。たった一人の魔女が狂っただけで鉄側とは、簡単に蹂躙されてしまう。


 その強大な力を、生まれ持って持ち合わせている彼ら――。『魔法側』と呼ばれる、魔法が使える人間達は、文明の進歩を求めなかった。何百年も前の時代の様式で生活水準は止まっており、鉄側より遅れに遅れ果てた技術は、有り余る程の魔法の力で埋めた上に、置き去りにする。


 そんなあたかも、創造主のような力を持ち合わせて生まれた彼ら魔法側は、その力を封じ込める為に鉄側との境界となる、世界をきっちり二等分する巨壁を生み出したそうだ。お互いに干渉せず、自分達の暮らしは、自分達の力だけで作り上げていくようにと。絶対的に敵わない力を、生まれた時から持ち合わせている魔法側の人間達とは、俺達鉄側の人間達にとって神よりも眩しく、嫉妬の対象となってしまうから。


 世界のバランスを保つ為に、鉄と魔は交わらない。それが、俺が生まれる大昔から続く、絶対のルールだった。それに、今は……。この絶対のルールが人類史上、初めて破られているという異常状態だ。世界が異なっているとは分かっていても、俺は魔法なんて、使いたくない。だって俺の生活は、魔法によって脅かされ始めていたんだから。でも、そんな我が儘を言っていたら、その生活にも、二度と戻れなくなるかもしれない。エリタイという、魔物に敗れる形で。魔法を使うなんてごめんだが、魔物に殺されるのも冗談じゃない。


 でもそれでも、迷ってしまう。魔法という鉄側の脅威を、自らの道具にするなんて。


 俺は意を決すると、口を開いた。


 それはそれ程に、重要な事だった。


 魔法側に侵略され、数え切れない程の犠牲を生み出されている鉄側の俺が、魔法に関わるだなんて。


「――分かりました。でも、もし俺が魔法を使えたとしても、住んでた世界のルールに則って、極力使わないって約束させて貰ってもいいですか?」


 二人は変な顔をしたが、俺の真剣な表情に何かを感じ取ったのか、ラトドさんは「いいぜ」と頷いて、それ以上は何も言わなかった。



 俺は、ラトドさんの教えを思い出すと右手を握り、しっかりと火をイメージしてみる。



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