036. 惑いシスター


「ああいや、どこにでも行ける魔法って訳では無いんすよ。名前の通り、瞬間移動・・・・が出来るだけで。移動時間を一瞬っていう、ごく僅かなものへ変換する魔法であって、行き来出来る場所には限りがあるんす。飛べる距離は、その魔法の使用者が実際に、そこまで歩けるだけの体力がある範囲までと決まっていて、かつ飛びたい場所には、使用者が行った事がある場所のみっていう。知らない場所へは行けないんす。遠過ぎるのも駄目で。つまり、実際に行った事があって、かつその場所まで歩いて行ける体力が無いと、魔力が幾らあっても、発動してくれないんっすよ。まあリュウタさんは勇者っすからきっと、魔法使いが扱えるような強力な魔法も発動出来るだけの魔力は持ってるでしょうし、体力も驚異的でしょうから材料は足りてると思うっすけれど、条件の方がどうかなって……。元の世界に帰るだけっすから、どういう場所かはしっかり把握出来てるっすけれど、距離が引っ掛かりそうな気がして。こっちの世界と、リュウタさんが住んでた世界までの。どれぐらい距離があるかとか、知ってるっすか?」

「どれぐらいって……」


 困った俺の思いを代弁するように、難しい顔をしたラトドさんが言う。


「そんなもん『遠い』っつう程度の表現で、表せる程の隔たりじゃねえと思うけどな。世界そのものが違うなんてよ。どんだけ歩き回った所でよっぽどの事がえ限り、お互いの世界からは抜け出せねえだろ。神でもねえとどうこう出来ねえもんだって言われてんのに」

「そうなんす。だからそこで躓いて、上手く発動出来ないかもしれないっす。距離を把握出来ないという事は、遠いのか近いかも分からないって事でしょう? つまり条件を満たす事が出来ないから、教えて貰っても帰れるのかなって……。あくまで瞬間移動の魔法って、時短の為の魔法っすから」


 何やらややこしい話になって来たが、何となく分かってしまった気がする俺は、それでも気付いていない振りをして前向きに訊いてみた。


「……え、ええーじゃあ、瞬間移動の魔法を教えて貰う事は簡単だと思うけれど、教えて貰ったその魔法で帰れるのかというのは……」

「ぶっちゃけ、かなり怪しいって感じっすね。というか距離が分からない内は、無用の長物かと」


 マジかよーと、両手で耳を塞ぐ。帰れると思ったのにー。


「いやでも、こればっかりは……。魔法って便利に見えて、発動させる為の条件や材料集めが難しいんすよ。少なくとも、こっちの世界の魔法とは。魔力だって誰でも持っているものではあるっすけれど、量は個人差があってバラバラなんす。血筋とかで多い少ないの偏りは起きるっすけれど、魔法使いが使う程の魔法とは大抵が膨大な魔力が必要で、持ち合わせている魔力で魔法使いになれるかなれないかも、はっきりと現れちまうもんっすし。……才能の一つとも、言えるんすかね。魔力って。生まれ持った性質っすから、後から増やしたり減らしたりなんて出来ないっすし」

「そう思うと勇者って時点で、かなり優遇されてるのか……」


 両手を下ろした俺は、がっくりと項垂れる。


 まあそうだよな。そんなに簡単に帰れる方法があるんなら、伝説を打ち立てる程の何かを行う前に、皆元の世界に帰ってるだろうし。


 それぞれ元の世界に戻る為に、必要な情報や、こうした魔法なんかを求めて旅に出て、その内に起きた戦いや出来事で、伝説として語られていくのだろうか。結果的に救世に繋がる、この世界にとってのいい事をしていただけで、その目的は全くの別物だったとか。そう考えると歴代の勇者達が、挙って旅に出たという内容も頷ける。オマ村のセモノ村長も、今は何も分からなくても、自ずと目的が見えて来るって言ってたし。


 ……じゃあこの世界に来て、最初に出会ったあのシスターは、この事を踏まえた上で旅に出ろとあんなに勧めて来たのだろうか? 帰りたかったら旅に出ろって。……何か、明らかに裏を感じるというか、俺がこの世界にやって来たという現象について、重要な何かを知っていそうに見えて来たが。帰る為には旅に出て、こっちの世界にとっていい事、つまり、救世をしろと。でないと帰れない。なんて風に脅されているというか、利用されているような気を、強く感じる。態度はいかにも聖女で、邪な思いなど抱えていませんみたいな振る舞いをしていたが……。あのあほシスター、本当に何者だ? トノバさんにタダで捜索頼を出して貰った以上、エリタイ退治頑張らないと。



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