035. 戦の爪痕


「リュウタさん確か、元の世界に帰りたいん……すよね? 今までの勇者の伝説を辿って、手掛かりが見つかったら。でも、こっちも悪くないっすよ? 配給って、そんな……。ウチが生まれた時にはもう戦争は終わってたっすけれど、先輩が傭兵をやってた頃があるんで、話は幾らでも聞いた事があるっす。生まれた村の大人達や、両親からも。配給って、食べ物が無くて、国から決まった量を配られる事っすよね? ……そんなに危ない状況なら、そんなに慌てて帰る方法を探さなくても、いいんじゃないっすか? 帰れたとしてもその時に、向こうの世界の状態はどうなってるのかも分からないっすし……」


 じっと聞いていたラトドさんが、窘めるように口を開いた。


「……こらタイナ」

「ふ、ふざけて言ってるんじゃないっすよ先輩!」


 タイナちゃんは、今まで見た事が無いぐらい必死に返す。


「先輩も、教えてあげるべきっす! 戦争の悲惨さは! 配給が始まってるって事は、結構やばいんでしょう!? これ以上その状態がもし続くような事になったら、ほんとに食べる物無くなっちゃうっす! 先輩の右耳だって、傭兵時代の戦いが原因っすし……。――リュウタさんの住んでる地域がどういう状況かは分っかんないっすけれど、移動出来るならすぐに離れるべき」

「あーもううるせえうるせえ!」


 ラトドさんは肩に斧を担ぎ、どすどすと大股で近付いて来ると、タイナちゃんの頭に乱暴に手を乗せた。余りの勢いにタイナちゃんは、「ぐえっ」と呻いて前のめりになる。


「勝手に決めつけて喋んじゃねえよ! なあリュウタ!」


 そのままばすばすとタイナちゃんの頭を叩きながら、ラトドさんは俺を見た。


わりいな。べらべら言っちまって。忘れてやってくれ」

「あ、いや、だ、大丈夫ですよ。ありがとうございます……」


 「縮むぅ!」と叩かれる度に悲鳴を上げるタイナちゃんに、目を奪われながら苦笑する。そのまま地面に埋められそうな勢いだ。


 すっかり屈まされたタイナちゃんに手を払われると、ラトドさんは続ける。


「ま、誰にでも事情はあるってな。俺も何でもは無理に訊かねえよ」


 頭を叩かれた勢いで弓を落とし、しゃがんだまま両手で頭を押さえるタイナちゃんが、恨めし気に呟いた。


「先輩から言い出したんじゃないっすかぁ……」

「うっせえ。まァ何だ、こっちの世界はお前が住んでた所よりは安全らしいから、安心しろ。魔物が危ねえのはおんなじだがな。――しっかし、お前んとこにも魔物がいるんだな。こっちのやつとは、勝手が違うのか?」


 気を遣って話題を切り替えてくれたラトドさんに、俺は内心感謝しながら記憶を辿る。


「いえ、俺が住んでた地域には魔物は来てなくて……。まだ遠方で現れたってぐらいのタイミングでこの世界に飛ばされて来たもんですから、よく知らないんです」

「そうか。まァ慣れりゃあ魔物は魔物だな。何か思い出したら教えてくれ。今日の狩りに役立つかもしれねえ」

「分かりました」


 丁度会話の切れ目になった所で、タイナちゃんが立ち上がりながら言った。


「そうだ。あともう一つ気になった事があるんすけれど、魔物がいるって事はリュウタさんの世界にも、魔法ってあるんすか?」

「えっ?」

「おおそうだそうだ。そいつを忘れちゃいけねえ。飯の時にタイナから、こっちの世界についての魔法の仕組みは聞いてたと思うが、そっちはどうなんだ? あるなら是非見てみてえ。作戦の幅も広がる」


 揃って期待に満ちた目を向けられ、思わず目が泳ぐ。


「……あるにはありますけれど、俺は……」

「ん。苦手なんすか? でも伝説じゃあ、あっちの世界で死んだ人が、こっちに勇者として神様に呼び出されてるんすよね……? なら少なくとも、こっちの魔法は使えると思うっすよ。歴代の勇者も伝説の中で、ばんばん魔法使ってますし。それも、魔法使いクラスの」

「えっ、じゃあ、瞬間移動の魔法とかも使えるのかな!?」


 難しい顔で言うタイナちゃんに、つい声が大きくなった。


 それを使えば、今からでも元の世界に帰れるかもしれない! 歴代の勇者の消息が分からないのも、もしかしたらその瞬間移動の魔法で、元の世界に帰ったからかも――。


 今度はこっちが目を輝かせていると、ラトドさんが言う。


「呪文を知ってればな。魔力が足りてても呪文を知らなきゃ、そういう強力な魔法は使えねえ」

「その呪文って、どうすれば教えて貰えるんですか!?」

「そりゃあお前は勇者だから、王都にでも言って、魔法使いに会わせてくれって言えば、すんなり教えてくれるだろうよ」

「でも教えて貰えたとしても、距離制限があるっすよ」

「距離せい……えっ?」


 何故かタイナちゃんの言葉に、何となく不安を覚えた。



「何? その、距離制限って」



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