034. ……ご都合主義?
「いや、エリタイに酷くやられた、一件目の生き残りの家を訪ねた時、ビビりまくってたじゃねえか。まあその後に倒すっつったから、こうして準備してるけどよ。それにしても今日中だぜ? もっと慌てんのかと思ってたが、度胸があるっつうか……。何かお前、エリタイやエハアラ以前に、魔物に会った事あるような口振りじゃなかったか? 鉄を食っちまう魔物はいるのかだとか、配給がどうとか……ってよ。勇者に選ばれてここにいるぐれえなんだ。実はお前、戦いの経験があるんじゃねえか? 剣の構え方も様になってたし、とても素人とは思えねえぞ?」
「ああ、それは……」
「何だよ。一緒に戦うんだ。隠し事は無しにしようぜ?」
焦れったそうに言うラトドさんに、困ってしまう。
確かにタイナちゃんも、ラトドさんもいい人だ。出会ったばかりの俺に、沢山親切にしてくれて、危険な依頼も手伝うと言ってくれた。おいしい昼食も奢って貰ったし、感謝は尽きない。そんな人達相手に、不必要に自分を語らないのは、何だかあんまりな気がした。まだ大して何者かも話していない俺を、ここまで信じてくれているのに。
「ウチは別に無理には訊かないっすけれど……。何か、言えない事情とかあるんすかね? 勇者のルールとかで」
矢を回収したタイナちゃんが、様子を窺うような顔で引き返して来た。
「いや、そういうのじゃねえさ。単に……。ちょっと、暗い話だからさ」
コノセちゃんの時もそうだったけれど、こうして、自分の事を振り返ろうとする度に、気持ちが落ち込んでしまうぐらい。
心配してくれているタイナちゃんへ浮かべた笑みが、ぎこちなかったのが今更分かった。
何となく、ゆっくりと傾き始めている快晴の空の、遠くを眺める。
「……この世界に来るまでの事は、よく覚えてるよ。気付いたらここにいた理由は、さっぱり分からないけれど。俺が住んでいた所は、その……。あんまり、穏やかな土地じゃなくて、ちょっと危険な所なんだ。遠くでは戦いが起きてて、その影響を徐々に受け始めてる。こっちの世界は正直、静かで羨ましいよ。魔物は出るみたいだけどさ」
「……お前んとこの世界でも、魔物は出るのか?」
ラトドさんが、低い声で尋ねた。
「はい。エハアラや、エリタイよりも、ずっと大きくて危険な奴が。何とか追い払おうとしてるんですけれど、上手くいってなくて。俺が住んでる世界の方が、文明は進んでるんですけどね。でもその分、こっちの世界より魔物も危ないみたいで、どうなるか分からないのが現状です」
ラトドさんは思案するように、ゆっくりと腕を組む。
「勇者が住んでた世界の話なんざ初めて聞いたが……。本当にお前、違う所から来たんだな。でもそれじゃあ、おかしくねえか? 何でそっちの世界はそんな状態なのに神とやらは、こっちの世界にお前を呼んで、わざわざ救世なんて使命を授けてんだよ。そんなもん、こっちの世界の誰かに任せるのが筋じゃねえか。伝説通り、神の存在も信じるんならって話だけどよ」
「それは俺にも……。今までの勇者達も、考えなかったんですかね? 何でわざわざ、こっちの世界の事情の為に呼ばれたんだろうって。それも知りたくて、旅を始めてるんです」
俺が呼ばれる前の勇者が、いつの時代の人間かにもよると思う。時代によってはこっちの世界の方が居心地がいいとなったら、案外受け入れられるのかも。それか時代云々以前に、勇者個人の生活が、余り向こうの世界ではいいものではなかった場合とか。こっちではいきなり伝説扱いでちやほやされまくるし、過去は無にされたような状態である。やり直せるという意味では、この理不尽な現象はありがたい。
「――まあでも、そんなに嫌な事ばっかりな訳でもありませんから! 出会う人は皆いい人ですし……」
「そんなに厳しいんすか? リュウタさんの住む世界って」
景気よく終わらせようとした所に、ぽつりのタイナちゃんの声が飛ぶ。
目線をそちらに向けると、矢を矢筒にしまったタイナちゃんが、俺の正面に立っていた。その表情は特に悲しんでもいなければ、同情も浮かんでいなかったけれど、その何の感情も読み取れない無表情さが、何だか妙に寂しく見えた。
「配給がどうって、さっきお昼食べてる時にも言ってたすけれど……。今はそうやって、魔物で大変で。こっちの世界も確かに、絶対に安全とは言い切れないっすし、魔物もいるっすけれど、でも戦争は終結してもう随分と長いんで、配給なんてやってる国は、どこにも無いっす。……ぶっちゃけこっちの世界の方が、いいんじゃないっすか?」
俺はたじろいだ。思いの外真剣に、その状態を問われて。
「ああいや、えっと……」
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