033. ナニモノ


よろずらいの剣か。さっすがいいもん持ってんじゃねえか。整備代が浮いてラッキーだぜ」


 ラトドさんはにやりと笑うと、俺の肩に腕を回す。


「ゴフッ。み、みたいです……」


 窒息しそうになりながら答えた。


「なら、整備は先輩の斧だけでいいっすね」


 タイナちゃんが言うと、ラトドさんは俺から腕を離して、男主人を見る。


「おう。綺麗にしてやってくれ。整備が終わるまでは道具屋で、ぶらぶらしてるからよ」

「へい。一時間程待って頂けりゃあ、出来上がりますぜ」

「そんじゃ、頼んだぞ」


 ラトドさんの斧の調整を待つ間、冒険者向けの道具屋に向かい、エリタイを倒す為の道具を揃えると、整備を終えたラトドさんの斧を引き取りに行った。そのまま一旦街を出ると暫く歩き、がらんとした原っぱで足を止める。


 街を出る際門を潜ったのだが、その門がある方角は、俺が突然ワセデイの中に突っ立っていた位置と同じ、北側にある門だった。ワセデイには東西南北に四つの大きな門が設けられ、そこから人々が行き来しているらしい。


「…………」


 辺りを見渡してみるが、オマ村らしい集落は見えない。足元に広がっている草花の種類からまず違っていて、とてもオマ村から近い距離にある街とは、どうしても思えなかった。ワセデイへは原っぱの中、石で整備された大きな道も伸びているし、オマ村周辺の景色とは全く違う。


 原っぱの中、ぽつぽつと立つ広葉樹の中から、丁度今俺の正面に見えるものを的に見立て、右隣で弓を構えるタイナちゃんに尋ねた。


「……この辺に、オマっていう村はあるかな?」

「オマ村っすか……。ちょっと、聞いた事無いっすね」


 タイナちゃんは木を睨んだまま答えると、引き絞っていた矢を放つ。武具屋の前で試し撃ちをした時と同様、矢は吸い込まれるように真っ直ぐ飛んで行き、広葉樹の幹の中心に、深々と矢尻を突き刺した。


 今俺達は、エリタイとの戦いの為の、最後の準備に取り掛かろうとしている。ラトドさんとタイナちゃんは、整備した武器のチェック。そして、買い揃えた道具の点検とその扱い方、他にも戦いに関する諸々を、俺に教える為に。


「ふむ。やっぱりちょっと威力が落ちてるっすか……。道具と手数で補うしか無いっすね」


 難しい顔で呟き、矢を取りに行こうとするタイナちゃんに、再度質問をぶつけた。


「じ、じゃあ、躓いたら瞬間移動する石とか……」

「え。ちょっと何言ってんのか分かんないっすかね……」


 立ち止まると、超怪訝な目を向けられた。ていうか引いてる。


 まあ流石に神経を疑われる質問だろうとは分かってはいたが、落ち込むぜ。


 でもとても納得出来ない現象なので、出来るだけ話して情報を得ておきたい。変人扱いされるのは何度でも傷付くが。


「いや、でもあったんだんよ。ここから歩いたら一週間ぐらいかかる所にある村から、石か何かに躓いて転んだら突然、ワセデイに来てたんだ」

「えぇでも聞いた事無いっすよ瞬間移動する石なんて……。その辺に埋まってたんすか?」


 タイナちゃんは答えながら、歩き出そうとする。


「多分」


 然し俺の即答に、すぐさままた立ち止まった。


「いやいや無いっすよそんなの。瞬間移動する魔法ならまだしも」


「そんな魔法あるんだ」

「魔法使いクラスじゃないと、扱えない魔法っすけどね。さっき話した、ルートエフみたいな伝説級の。国に仕える魔法使いでも出来ない事は無いっすが、そうは使わないっす。便利過ぎて世界に悪影響を及ぼしかねないからって」

「――よしリュウタ。ちょっと俺に、打ち込んでみろ」


 遠くの左手の方で、斧を地面に下ろしたラトドさんは、斧の素振りを終えると俺に言う。


 俺は緊張気味に頷くとリュックを下ろし、剣を抜いた。鋼の銀色から、エハアラを斬った事により青みがかった刀身が、昼過ぎの太陽を静かに照り返す。……本当に、手入れもしないで魔物を斬るだけで、切れ味が上がるんだろうか?


 迷いを振り払うように、ぶうんと鈍い音が唸った。


 ラトドさんが、その身の丈程もある大斧を、両手で構えたのだ。


「遠慮すんなよ。へっぴり腰でかかってきたら、吹っ飛ばされんのはお前だからな」

「わ……分かりました」


 空気が張り詰め、嫌に風の音が響く。

 

 タイナちゃんは暫く俺を見守ると、矢を取りに行こうと踏み出した。


 俺はその瞬間土を蹴ると、真っ直ぐラトドさんへ走る。両手で握った柄を頭上へ掲げ、斧を構えるラトドさんへ振り下ろした。


「――行きます!」

「おう!」


 頭上から放った剣は、掲げたラトドさんの斧の柄にぶつかる。


 ラトドさんは俺が懐に入るのと同時に、中心部を開けるよう柄を握り直し、斧を横に倒すと開けた柄の部分で、剣を受け止めた。


 火花が金属音と散り、びりびりと両腕に、痺れと化した衝撃が走る。


「くっ……!」

「いい太刀筋じゃねえか。そら!」


 ラトドさんは不敵に微笑むと、両腕を前へ突き出した。


「うわっ――とと……!」


 大きく押し返された俺は足が浮くも、慌てて左手で地面を掴み、数メートル先で立ち上がる。


「立て直しの動きもいいな。素人なら剣を手放したがらねえから、そのまますっ転んじまうかと思ったが。――常に相手を視界の中心に置くように立って、目を逸らすな。戦いの基本だ。今みてえに体勢を崩された時は、武器を放さねえのは勿論だが、まずは動けるように立て直す事を考えろ。吹っ飛ばされたら剣からは、すぐに片手を放すぐらいの癖を付けるんだ。攻撃の際は、相手の動きをよく見る事。まァ、初めて剣を握った日の内に一人でエハアラを倒したぐれえだから、教えんのはこんぐらいでいいだろ。後は数回打ち込んでみて、ぶっつけ本番だ。今言った事、よく覚えとけよ」

「分かりました」


 ラトドさんは斧を下ろしたので、俺も剣を収めた。


「……お前、妙に肝が据わってるよな。今更だけどよ」

「えっ?」



 片眉を上げたラトドさんに、怪訝な目を向けられる。



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