chapter 10/?

032. ヨロズグライ


 あれだけ量のあったショヘカだが、おいしくてつい手が伸びてしまったのと、ラトドさんとタイナちゃんが驚異の大食いだったので、全て綺麗に平らげてしまった。いっぱいになった腹をさすりながら、今度は武具屋に連れて行って貰う。


 武具屋は魚屋のようなオープンな店構えで、店先にずらりと並んだ棚の上には、剣や斧、盾に鎧と、様々な武具が並び、本当にファンタジーゲームの世界のようで、ちょっと興奮してしまう。


「……カッコいい……!」

「へいらっしゃい! 何をお求めで!?」


 ぽけーっと店の前で立ち尽くしていた俺に、頭に黒いタオルを巻いた、五十代ぐらいの色黒の男主人が出て来た。店の奥には大きなかまどみたいなものがあって、赤々と火が燃えている。どうやら鍜治場らしく、熱された鉄を、大きなハンマーでひっきりなしに叩いている若い従業員さんがいて、見ているだけで熱気を感じた。


「預けてた弓を取りに来たっす」


 左隣に立つタイナちゃんが言うと、男主人は目を輝かせる。


「おっ! あの弓のお嬢ちゃんかい! ちょうど手入れが終わった所だ。見て行ってくれ」


 タイナちゃんの挟んだ先に立つ、ラトドさんが言った。


「ついでに俺と、この坊主の武器の様子も見てくれねえかい」

「へい! なら、一旦お預かりしますぜ!」


 俺はラトドさんに目で促され、剣を男主人に預ける。続いてラトドさんも斧を預けるが、奥から出て来た若い従業員さんと男主人が二人がかりで、重そうに店の奥へ運んで行った。男主人はそのついでに、奥からタイナちゃんが預けていた弓と、矢筒を持って来る。


 何の素材で出来てるんだろう。タイナちゃんの弓は黒っぽい、カーボンのような質感のもので出来ていた。赤いラインが入っていて、全体的にスポーティなデザインである。


「こっちは嬢ちゃんのだ! 注文通り射程を伸ばして、矢のブレを防ぐように調整しておいたぜ!」

「どれどれ……」


 タイナちゃんはまず、肩から矢筒を提げると、その場で弓を引いてみる。


「――お。引きやすい。これなら咄嗟に引いても、矢がブレにくくなってるっすね」

「まあその分、威力はある程度落ちちまってるけどな。ちょっと軽く射ってみて確認してくれ。調整がいるなら、また手を加えるよ」

「では早速」


 タイナちゃんは、左手で握った弓を頭上へ構えると、そのまま弓を引き絞り矢を放った。ヒュンと空を貫く音がしたと思うと、矢はあっと言う間に小さくなって、暫くすると真っ逆様に落ちて来る。


 タイナちゃんは右手で矢をキャッチすると、確かめるように弓を見た。


「……確かにちょーっと勢い落ちてるっすねえ。いつもの威力から見て、マイナス三割って所っすか。まあでも、引き換えに得た精度と飛距離を思えば、こんなもんでしょう」

「…………」


 戦う人の顔だ。


 急に真横で弓を射られた俺は、突然真剣な表情になったタイナちゃんに息を飲む。


 今度は、ラトドさんが口を開いた。


「――取り敢えず俺の斧とこいつの剣は、研いどいてくれるかい。何かメンテが必要な部分が見つかったら言ってくれ。特に剣の方は、念入りに頼む」

「へい! では早速、どんな具合か見せて頂きますね……」


 男主人は答えると、奥の作業場に向かう。俺達三人はラトドさんを先頭に、男主人へ続いた。鍜治場に近付いた事で、空気が熱を帯びる。カン、カンと、鉄を叩く音に続いて散る火花の色が、より熱気を感じさせた。


 男主人は鍜治場と商品が並ぶ棚の、丁度間にある作業台の上に置かれた、ラトドさんの斧と俺の剣を見る。続けてスチームパンク風の、ヘッドバンドのような形をしたルーペを取り出すと、ラトドさんの斧を注意深く観察し出した。


「……お嬢ちゃんの弓もそうでしたが、旦那の斧もかなり使い込んでますね……。魔物の血がこびりついて、切れ味が落ちちまってます」

「おう。暫く街に寄れなかったから、手入れが出来てなくてな」

「三ヵ月ぐらい依頼依頼で魔物を狩りまくってて、まともな生活してなかったもんすからねえ……」


 参ったと言わんばかりに、タイナちゃんは肩を落とす。弓はラトドさんの背中を追っている間に、背中に提げてしまっていた。


「まあ俺の斧は、手入れが必要ならやってやってくれ。タイナの弓みてえに、性能をいじる事はしなくていい」

「分かりました。では、こっちの兄ちゃんの剣はっと……」


 男主人は言うと、剣を鞘からゆっくりと引き抜く。


「! これは……!」


 男主人は呟くと、両目に当てていたルーペをぐいっと上げた。


「あれ?」


 俺は剣を見て、ぽかんと零す。


 剣の色が、変わっていたのだ。


 刀身が銀色から、青色に変わっている。丁度、エハアラの肌の色みたいに。


「こいつは……。『よろずらい』で打たれた剣……!」

「よ、よろず? 何ですか? それ」

「知らねえで振るってたんですかい!? こいつはとんだ上物ですぜ……!」


 男主人は驚いた様子で俺を見ると、剣を掲げて凝視する。


「こいつは魔物を斬れば斬る程、その鋭さを増していく貴重な特性を持った鉱物、『よろずらい』で打たれてるんです……! こいつは、兎に角貴重な鉱物で、滅多にお目にかかれるもんじゃねえ……!」


 男主人は作業台に剣を置くと、熱の籠った目で俺を見た。


「いいかい兄ちゃん。こいつは、鍛冶屋じゃ整備出来ねえ。こいつをいい剣にするのは、魔物の血だ。魔物を斬れば斬るだけ、こいつは色を変え、鋭くなっていく。振るい続ける限り、絶対に傷まねえ。手入れは不要だ。唯一やっちゃいけねえ事があると言うなら、こいつを振るわず、倉庫にでもしまっちまう事。普通の剣でもそうだが使わねえ道具ってのは、どんどん駄目になっちまう。その時こいつは、整備する方法がえ。なまくらのまま魔物と戦って、切れ味を取り戻さねえといかなくなるから、しっかり使い込むんだぞ。斬った魔物共の色が混ざり合い、刀身が真っ黒になった時が、初めて真価を振るえる時だ」

「わ、分かりました……」


 よく分からないけれど、何やら凄い剣らしい。



 ……そんな凄い武器を持っていたなんて、全くあのシスターは何者なんだ?



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