031. 鉄ト魔。


 俺は身を乗り出して、タイナちゃんに尋ねる。


「でも、その北の最果ての地に行けば、世界を行き来出来るような魔法を使える、魔法使いに会えるって事?」

「……その伝説を、信じるならって話っすけれど。でも単に、それぐらい過酷な土地という意味から始まっただけの、噂かもしれないっすよ? 確かに魔法使いが住んでいそうな、誰も踏み入る事が出来ない、危険な土地という意味ってだけで」

「でも、いるかもしれねえんだよな!?」

「それは……勿論。だって未開という事は、誰もその土地の本当の姿を知らないって事っすから、可能性はゼロじゃないっす」

「俺、そこに行くよ。元の世界に帰りたい! その北の地って、何か名前とか無いかな?」

「えぇ本気っすか!? ルートエフが住むと言われている地に一番近いのは、マッテイルっていう町っすけれど……」

「マッテイル……。分かった。ありがとう」


 北の最果ての地に住むと言われる、ルートエフという魔法使い。そこに最も近い町の名は、マッテイル。もし本当にルートエフがいたならば、世界を行き来出来るような魔法を使えるかもしれなくて、上手くいけばその魔法で、元の世界に帰らせて欲しいと頼めるかもしれない。


 行き先が決まった。自分が何をすべきなのかも。


 どんどん前のめりになっていた俺は椅子に掛け直しながら、この二つの名前を胸に刻む。


 俺の気迫に押され、仰け反っていたタイナちゃんは、息を吐くとジョッキの持ち手を掴んだ。


「チャレンジャーっすねえリュウタさん……。マッテイルに辿り着くだけでも、大変な旅になるっすよ? 本当に寒い所なんすから。雪と氷ぐらいしか無いって噂っす」

「いいじゃねえか。旅ってのは、厳しい方がおもしれえだろ」


 ラトドさんはにやりと笑うと、俺の方を見る。


「いい根性だ。気に入ったぜ。今夜の狩りは、楽しくなりそうだ。訊きてえ事は、そいつで全部か? ぼちぼち飯も済ませて、武具屋にメンテナンスに行くぞ」

「あ、ああ、他には……」


 目的が見えた事により、また新たな疑問が頭を擡げる。


 やっぱりここは、夢では無く、俺が住む世界とはまた違う、別の世界なのだろうかと。


 魔法の形も、俺の住む世界とは全く異なっている。俺がいた世界では魔法を使える者とは、きっぱり人種の違いとして現れていて、魔法使いと非魔法使いという二枠に大別された人々が、きっちりと世界の土地を二分し、互いに干渉し合わないよう暮らしていた。そのバランスは今は、無残にも崩れ去ってしまっているのだが。


 魔法使いは殲滅。それが俺達魔法を使えない、科学を用いて生きる文明人、『鉄側てつがわ』と呼ばれる人種達に、現在深く刻み付けられている絶対のルールだ。


 科学を用いず、魔法を駆使して生きる『魔法側まほうがわ』の人間達も、今や俺達鉄側を滅ぼそうと、刻一刻と迫って来ている。俺達鉄側が、魔法側の人々や土地を、脅かしているように。


 事の始まりは、何だったのか。


 もう誰も、思い出せない。


 鉄側が吹っかけたのか、魔法側の侵略により始まったのか。気付けば争いの渦は激しさを増しながら肥大化し、今や世界そのものを滅ぼそうとしている。


 こっちの世界は別に、魔法とは誰しもが使えるもので、特に使ったからと言って、処罰を受けるものでも無いらしい。魔法使いを名乗れる程に魔法を扱えるものは、相応の職と生活の保障を下に管理され、至って平穏な印象だ。


 ……一体この世界は、どこなのだろう?


「――元関東地方エリアTiティーアイ23ニジュウサンって言って、どこか分かりますか……?」

「モト……何だって?」


 ラトドさんは怪訝な顔をして訊き返し、タイナちゃんは呪文でも聞かされたような難しい顔で、食べる手を止めた。


 やっぱりか。


「ああいや、何でも無いです」


 俺はぎこちない笑みで答えると、誤魔化すようにショヘカを頬張った。


 話したい事は沢山あるけれど、伝わらない人に言っても仕方無い。ぽつりと感じた孤独を誤魔化そうと、ジョッキの水でショヘカを流し込んだ。



 きっと北の魔法使いが、全てを知ってる。



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