030. 北の果て
「まあ確かに魔法は使えるっすけれど、魔法使いを名乗れる程には出来ないっすねえ。魔法使いの冒険者なら、弓や斧は持たないっすし、魔物も魔法でやっつけるっすから。そもそも魔法使いを名乗れる程魔法を扱える人なんて、滅多にいないっすけれど」
「そうなの?」
「魔法とは基本的に、暮らしや戦いの補助としてあるもんっすから。主として扱える程に魔力とその才を持つ者は、国に仕えて魔法を駆使するえらいさんとして雇われるか、あるいは――」
「世界を揺るがす脅威として、全ての生ける者から畏怖されるってな」
ショヘカを水で流し込んだラトドさんは、ごとりとジョッキを置きながら言った。
「勇者の伝説と言えば、この脅威側に立つ魔法使いと戦い、打ち負かすもんだって相場では決まってる。伝説の内容はそこで終わるからまあ、そのぶっ倒した魔法使いから元の世界に戻る魔法でも聞き出して、帰って行くんじゃねえか。それかそのままこっちの世界に残って、田舎で隠居して静かに暮らすか」
「いい所だけ取らないで下さいよ先輩」
むくれるタイナちゃんを尻目にラトドさんは、涼しい顔で攫って行く。
「だからお前の役目も、魔法使い退治になるんじゃねえか? あんまりっつーか全く、らしくねえ勇者様だけれどよ」
「つまりその魔法使いに会えば、帰る方法が分かるって事!?」
思ってもいなかった展開に、俺は思わず立ち上がった。余りの勢いに、テーブルの上の食器がガチャンと揺れる。混雑して賑わっていた周囲のテーブルから、何事かと視線が集まった。
ラトドさんは、ショヘカが何枚も乗った小皿を落っことしそうになり、慌てて持ち上げた格好のまま俺を怒鳴る。
「馬鹿野郎危ねえな! 落ち着けよ!」
「ほら! 周りのお客さんの目を引いてるっすよ!」
タイナちゃんも口元に手を翳した声で俺を制すると、きょろきょろと不安げに辺りを見渡した。
「す、すいません……」
つい興奮して。
俺は自分でも分かるぐらい、しゅんとすると椅子に掛ける。
周囲の視線が散っていったと分かると、タイナちゃんは潜めた声で言った。
「……それに魔法使いって、そう簡単に会える相手じゃないっすよ」
「えっ?」
水を飲んで落ち着こうと、ジョッキを掴んだ手が止まる。
「国お抱えの魔法使いになら、リュウタさんの身分なら簡単に会えると思うっすけれど……。国に仕える魔法使いって、そういう種類の魔法は扱えないんす。いや正確には、扱わないと言うべきか……」
「どういう意味?」
「そういう世界の形を揺るがしかねねえ危険な魔法は、使わないし研究しねえって誓いの下に国に仕えてるからだ」
ちょっと不機嫌になったラトドさんが、ばくばくショヘカを食べながら言った。
「その優秀な魔法の才能や技術は、あくまでその国の利益を追求する為、あるいは善行の為に用いられ、いたずらに世界と世界を行き来出来るような強大な魔法は使わねえっつう約束の下に、国に仕える事が出来、生活を保障されてる。逆に言えば魔法使いっつうのは大抵が国お抱えで、世界を壊さねえよう管理されてるって事だ。国に仕えねえ魔法使いは危険な存在として認識され、世界中から排除すべき対象とされる。まあ世界を敵に回しても生き延びれる程の力を持った魔法使いなんてそうはいねえし、そこまでしてでも世界に背いている時点で、やべえ奴だって分かるだろ? 別に国に仕えた所で、牢屋に入れられるって訳でもねえってのに。あくまで、世界の形を守る為としての制度であって、迫害される訳でもねえからな。どれだけてめえ勝手で生きてえ連中なんだか」
「……でも、決まりに縛られていないから、世界と世界を行き来出来るような魔法も、使えるって事ですか?」
「それ程の力がある魔法使いならな。誰でもって訳じゃねえ。世界に追われてる身分だから、簡単には姿も現さねえしな」
「どこに行けば会えるとか、ラトドさんは知ってるんですか?」
「あぁ? どこってそりゃあ……」
ラトドさんは言葉に困ったような様子になると、タイナちゃんと顔を見合わせる。
「?」
俺が首を傾げると、タイナちゃんが口を開いた。
「……伝説として語られている話を信じるって前提でなら、あるにはあるっす。太陽も凍るような氷の地に住み、骸を従える、黒い騎士の魔法使いと言えば、誰でも知ってる話っすよ。ここからずっと、ずうっと北にある果ての地に住むと言われる、本当の名も知られていない魔法使い。誰しも彼の事は、誰が言い始めたのか『ルートエフ』と呼び、特に北の地で暮らす人々には、酷く恐れられて語られているっす。その強大な魔法の力で、北の地を雪国に変え、年中春が訪れない極寒の地に変えたとか。でも言い伝えみたいなもので実際に、彼を見たという人は聞いた事が無いっすね。北の地は、寒さが厳しい雪国ってだけで過酷な環境っすし、その奥に住んでいると言われているもんっすから、誰も立ち入った事が無いそうっす。確かにそれだけ人を遠ざける土地っすから、本当に住んでいたなら、国に追われる心配は無いっすけどね。北の奥地とは未だに未開の土地でもあり、何度も冒険者達が地図を作ろうと挑んでいるんすが、全員が帰らぬ人となっていて、曰く付きでもある場所っす」
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