029. マホウ


「エリタイ?」


 俺が尋ねた。


「ええ。主に洞窟に生息する、大蜥蜴とかげっす。サイズも先輩の見立て通りで、攻撃的な性格、肉食であり、主に鋭い爪牙が武器の魔物っすね。縄張り意識が強くて一度住み着いた土地からは、中々離れようとしないっす。持つ魔力が体内に残りやすい特徴を持っていて、それが毒のような役割を持ってるっすね。正直一筋縄では、いかない相手っす。魔物と対峙した事が殆ど無いワセデイの人々には、ちょっと凶悪過ぎる魔物かと。被害がそこまで大きくなってしまったのも、頷けるっすね」

「まあ気を抜いたら俺達でも、ころっとやられちまう相手だからな。新米冒険者が相手してもいいような奴じゃねえ。――いいかリュウタ。しっかり覚えろよ。このエリタイっつう魔物は、気温が低くて、暗い場所を好む。つまり、目が余りよくねえって事だ」


 ラトドさんは、次々にショヘカを平らげながら説明する。


「厳密には、光に弱いと言うべきか。少ない光量でも暗い場所を見渡せるように目が発達してるから、強い光は毒になる。そこを突きながら戦うぞ。タイナは弓使いだ。俺は見ての通り、斧使い。お前は剣士だろう。だから、俺とお前が前に出て、タイナが後ろから援護する。こいつの弓の腕は中々だ。間違って背中を撃たれたりなんかしねえから、安心して前を見ろ」

「分かりました」

「中々じゃなくて、凄腕と言って欲しいっすけどねー」


 俺はしっかりと頷いて、タイナちゃんは不敵な笑みを浮かべた。


 ラトドさんは、俺達の返事に頷く。


「よし。夜には地下採石場に着くように出発するぞ。こういう暗所を好む魔物っつーもんは、大抵夜行性だ。昼間に出向いて寝込みを襲う手もありだが、腹いっぱいになって睡眠中っつー事は、体力がたっぷりある状態で喧嘩を売る事にもなる。寝起きっつーのは一撃で決めねえと、どんな動きをするのか分からねえ危険もあるからな。今回は、敢えて活動をし始める夜に向かって、腹を空かせてる状態で挑むぞ。気が立ってるだろうがその代わり、空腹で落ちている体力と判断力の隙を突く。夜までは必要な道具の準備と、作戦の為の立ち回りを詰めるぞ。特にリュウタ。お前がどれだけ動けるのか、確認しておきたい。素人でエハアラを倒したって事は、その辺の村人よりは明らかに見込みもあるからな」

「えっ?」


 俺は食べる手を止めて、ぽかんとした。

 

 その表情に笑みを浮かべながら、今度はタイナちゃんが言う。


「普通魔物を倒すなんて、どんな小型でも素人には難しいっす。それもエハアラなんて、魔物としては小型でも、人間程もサイズのある生物を一人で倒そうとなると、訓練所で戦い方や狩りを学んだ、ウチら冒険者じゃないと出来ないっすから」

「勇者様の力かもな。お手並み拝見といかせてもらうぜ」


 タイナちゃんに続くように、ラトドさんは笑うと、四切れ目のショヘカにがぶりと食らい付いた。


 そんなに優秀なのか。この力。でもそれなら俺も、役に立てるかもしれない。


「あの、ちょっと訊きたい事があるんですけれど……」

なにっすか?」


 咀嚼中のラトドさんに代わり、タイナちゃんが応えてくれる。


「ああ、さっきから言ってる魔力って、どんなものなんだ?」

「どんな……。うーん……。生命力の一つ、みたいなもんっすかね」


 タイナちゃんは難しい顔をしたと思うと、小さな口でぱくりとショヘカを齧った。


「訓練所での教えをそのまま言うと、魔物に限らず、あらゆる生物が持つものであり、血の中の養分のように、身体を巡っているものの一つっす。ウチや先輩、多分、リュウタさんも持ってる筈っすよ」

「えっ!?」


 持ち手を掴んだばかりのジョッキを、落っことしそうになる。


 タイナちゃんは目を丸くした。


「あれ。そんなに驚く事っすかね。リュウタさんの住んでいた所ではどうか分からないっすけれど……。聞き込みの間に、魔法を見なかったっすか? ああ、魔法って何か、分かるっすかね? ギルドでマルガさんがやってたような事なんすけれど、あんな風に紙を変形させて動かしたり、例えば、何も無い所から火を起こしたりする事が出来る、魔力を用いた技術の事なんす」

「技術……」


 じゃあ聞き込みの時に、一件目のおばさんが火を起こしていたあれは、魔法だったのか。


「はいっす。誰にでも出来る簡単なものから、訓練や才能が無ければ出来ない魔法もあるっすけれど。冒険者は得手不得手があっても、一般の方よりは出来るのが普通っすね。ウチや先輩も、ちょこっとっすが使えますし」

「じゃ、じゃあ、タイナちゃんとラトドさんって、魔法使いなのか……?」


 俺はつい、怯えながら尋ねてしまう。



 こっちの世界と元の世界とは、勝手が違うらしいとは分かっていても。



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