027. ユメ


 その後も生き残りの人達を訪ねてみたが、確かに一番重傷だったのは最初の家の息子さんで、他の人達はもっと軽傷だったり、殆ど回復している人もいた。痛々しい傷痕は残っても、人体の一部が欠損してしまうような傷を負わされたのは、一件目の息子さんだけだった。


「一件目の奴が、ツイてなかったんだな」


 聞き込みを終え、取り敢えずギルドへ戻ろうと引き返していると、ラトドさんは口を開く。


 時間はもう、お昼ぐらいになっていて、街のあちこちの屋台や飲食店から、美味しそうな匂いが上っていた。


「魔力ってのは、毒になる時もある。気を付けねえといけねえが、予め相性が分かるもんでもねえし、魔物と接触するってのは、それだけで危険な行為だ。専門的な知識のえ警備兵じゃあ、ああなっちまっても仕方無えとは思うぜ」

「あの……」


 隣を歩く俺は、遠慮がちに尋ねる。


「何だ?」

「その、魔物って、どれぐらい危険な生き物なんですか? 例えば、どこからともなく突然現れたり、鉄を食べたりとか……」

「あぁ? ――あぁいや、外国・・から来たんだもんな。知らなくて当然か。どこからともなくっつーのはまた漠然としたもんだが……。別に、幽霊って訳じゃあねえよ。馬鹿でかくなったり強力になった動植物って、基本的には思えばいい。鉄なんて食う魔物はいねえよ。そんなもんもう、化け物だ。剣が効かねえって事になっちまう。そうだな……。食物連鎖のピラミッドの上に、もう一つ段階が足されて、そこに位置する生物達って、思えばいいさ。尤も、熊よりも強え兎の魔物とかもいるから、魔物って奴らは決して、見かけで判断しちゃあいけねえが」

「銃で撃たれても死なないとか、戦車にねられてもびくともしないとか、そこまでの奴は、いないって事ですか?」

「おいおい何だよそりゃあ」


 ラトドさんは、ゲラゲラと笑った。


「そんなとんでもねえ奴、そうそう会わねえよ。んなもんおとぎ話やそれこそ、勇者の伝説の中で現れる、バケモンみてえな魔物だけさ。センシャってのは何だか俺ぁ知らねえが、鉄砲なんか食らっちまえば、大抵の奴は怯むぜ。何だ。ワセデイに来るまでに、勇者の伝説でも語られて、ビビらされちまったか?」


 ラトドさんに笑いながら、太い腕を首に巻き付かされ、俺は窒息しそうになる。


「ぐえぇ。いや、別にそういう訳じゃ……」


 こっちの世界の魔物は、元いた世界の魔物より、危険では無いのだろうか? それならまだ、俺にもやれそうなチャンスがある。


「しっかしよリュウタ」


 ラトドさんは腕を離すと、真剣な顔になって立ち止まる。真剣になる事により悪人面が強化され、そういう意味でも息を飲んだ俺は、遅れて足を止めた。


「てめえそんな調子で、例の魔物を本当にやれんのか?」


 例の魔物とは、地下採石場の魔物の事だろう。


 俺はラトドさんを、じっと見る。


「ワセデイに来るまでに、魔物と戦った事はあんのか? 見た限りまだこっちの世界に来て、日が浅いって印象だが」

「……エハアラっていう、青い怪人みたいな奴となら、一回だけ」


 ああ。あの雑魚か。


 ラトドさんはそう、記憶を辿るように右斜め上を見ながら、独り言のように言う。


「いいか。今回の奴は、エハアラのようにはいかねえぞ」


 ラトドさんは言い聞かせるように、強い調子で言った。


「聞き込みで集めた情報と、生き残り共の傷の深さや形状、大きさから推測するとだ。奴はエハアラのような、魔物としては小型な方なタイプじゃねえ。小さくとも八メートル……。十はあるって思っていいな。討伐隊を派遣する為の前段階としての調査を担う、戦闘能力を持ち合わせていねえ捜索隊を、爪や牙を使い、向こうから襲ってきたっつう事は、奴は攻撃的で、かつ武器の形から、肉食だろう。エハアラも確かに攻撃的だが、あいつは知能も低く、かつ臆病だ。弱い奴から狙って襲う習性を持ち、捜索隊なんて大人数相手で、単身現れるような度胸も無え、はっきり言って小物なんだ。自然との距離が近く、つまり魔物との衝突が多い、村なんかで生活してる大人なら、数を用意すりゃあ素人でも撃退出来る。危険だがな。でも、そういう程度の奴なんだ。それっぽっちの経験しかえ奴が今回の魔物と戦うっつーのは、そういう事なんだぜ?」


 見ただろ? 一件目での奴を。


 ラトドさんは、低い声で言う。


「ああなっちまう危険は、誰にでも付き纏う。俺や、タイナにもな。でもリュウタ。てめえは俺達の中でもそうなっちまう恐れが、それは高い。計れねえぐらいにな。こいつを踏まえた上で尋ねるが、てめえはそれでも戦うって、言えんのか? 確かに勇者ってのは、周りの人間共の期待に応えるのが役目ではあるけどよ。別に逃げても、いいんだぜ?」

「でも、倒すって言っちゃったし」


 俺はどうしてか、苦笑した。


「逃げるって選択肢は無いですよ。トノバさんから頼まれたっていうのと、捜索願をタダで出してくれるっていう恩もあるけれど……。あんなの見たら、嫌でも断れませんって」


 ラトドさんは腕を組みながら、肩を竦める。


「見知らぬ他人の息子の為に、命を張るってか?」

「そんな大袈裟な事じゃないけれど」


 どう表せばいいのだろう。


 言葉を探しながら、息を吸う。


「見て見ぬ振りは、嫌なんです。他に頼める人がいないから回って来たんなら、尚の事。それに俺、夢だったから。こうして誰かの為に、戦うのって」


 笑みを浮かべているのに涙が出そうになったのは、その夢が元の世界では、とても果たせそうにないものにへと、変わってしまったからだろう。今も大して何が出来るとは思ってないけれど、元の世界の俺は、もっと非力だったから。


 この訳の分からない場所でなら叶えられそうな事が、何だか悔しくて、嬉しい。


 どこかも分からない場所でだけれど、叶う筈の無い望みに、手が届きそうなんだ。こんなチャンスを見逃す事は、ちょっと出来ない。もし、元の世界に戻れたら、絶対に叶えられないものになってしまうから。


「――お人好しな所も伝説通りって事か。勇者様はよ」


 ラトドさんは呆れ顔で言ったと思うと、にやりと笑った。


「いいぜ。そういう馬鹿は嫌いじゃねえ。タイナはギルドの前で待ってるだろうから、合流したら腹拵えしながら、作戦会議だ。今日中には乗り込んで、とっととぶちのめしてやろうぜ。――丁度俺も、腹の虫の居所が悪いんだ」



 ラトドさんは不敵に笑うと腕を解き、俺を促すように顎で前を示すと、歩き出す。




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