chapter 8/?

025. 脅威が抜け落ちる


 受付でマルガさんに、捜索隊の生き残り住所を書き出したメモを貰うと、ラトドさんと一軒ずつ当たる事にする。俺がワセデイに来てまだ間も無い事から手分けはせず、一緒に動いてくれると言ってくれた。


 朝の通勤ラッシュは収まったのか、人の往来がすっかり大人しくなった街を歩きながら、ラトドさんは口を開く。


「おいリュウタ。てめえはまだものを知らねえみてえだからな。お勉強の時間だ」

「お勉強っ?」

「おう」


 ラトドさんに持たされた、生還者のリストを眺めていた俺は顔を上げた。文字が見た事の無い形で、やっぱり読めない。


「ワセデイってのは大都市だ。特産品は石。そいつを用いた建築技術も有名で、優秀な大工の街でもある。名物と言やあ霊泉もあるが、今はそいつはいいだろう。都市って事は、何が一番多い?」

「そりゃあ都会だから……人ですか?」

「分かってんじゃねえか。つー事はだ。都会ってやつは、人の手がよく届いた土地とも言える。実際ワセデイの周りにゃあ、街に魔物を寄せ付けねえように、城壁みてえな石の壁がぐるりと建ってんだ。つまり都市の中にいりゃあ、安全に過ごせるって事になる。てめえも旅をし始めたんなら、町や村の外がどれだけ危険かは、ちったあ知ってんじゃねえか?」

「はい。動物とか魔物が出るから、旅は兎に角気を付けろって言われました」

「そういうこった。だから人々はなるべく、自分達が住んでる地域から出たがらねえ。人の手が入っていない土地とは、動物や魔物が自由に暮らしてる場所とも言えるからな。つまり、発展している場所で暮らせば暮らす程、その中の人間ってやつは、自然に疎くなる。要は動物や魔物への対応の仕方を、忘れちまうんだよ。村育ちなら女の子でも森ん中を平気で駆け回るが、都会育ちじゃ大人だろうと、狩りの方法を知らねえようにな。ワセデイってのは建築で財を成した金持ちも多い街だから、尚更だろうよ。五十人規模の捜索隊を三つも派遣してあの様なのは、ちっと平和ボケし過ぎてる所為かもな。まあ魔物が入ってくる事なんざ、滅多にえ街だからよ。ギルド長はああ言っちゃいたが例の魔物ってのは、そこまで大した奴じゃねえのかもしれねえ」

「えっ? そうなんですか?」

「被害状況の割にはって話だがな。厄介者なのは変わらねえだろうが。――おら。まずはこの家だ」


 ラトドさんが顎で示した先には、二階建ての民家があった。流石は石の街と言うのか、やっぱり石製。まだ昼前にも少し遠いが、急に訪ねて大丈夫だろうか。木のドアを、恐る恐るノックする。


「……ごめんくださーい!」


 少し間が開いて、奥の方から、「はーい」と女の人の声がした。ばたばたと物音がするかと思うと、すぐに外開きのドアが開く。


「はい? どちら様?」


 ついさっきまでキッチンに立っていたと思わせるような、茶色いロングワンピースに白いエプロン姿の、五十代ぐらいのおばさんが出て来た。伸ばした金髪を団子に結っている。


 目を丸くしているおばさんに、ラトドさんが答えた。


「おう。悪いな朝から。ギルド長から直々に依頼を預かったモンだ。地下採石場へ捜索隊として派遣された、生き残り達の話を聞いて回ってる。そっちに隊員がいるって聞いたんだが、ちょっと会わせてくれねえかい」

「あー。今寝てるからねえ……。正直、具合があんまりよくないんだ。私でいいなら、代わりに話を聞くよ」


 おばさんはドアを広げると、「どうぞ」と中へ入れてくれる。……ていうかこの人、ラトドさんを怖がらないんだな。すげえ度胸。


「そんじゃあ、邪魔するぜ」

「お邪魔します……」


 背が高いから、のっそりと身を屈めてドアを潜るラトドさんに、俺も続いた。


 中は、家のつくりが石製でしっかりしているという事以外はオマ村と似たような木製で、入ってすぐにある居間の、四人掛けの木製テーブルに通される。


「おや、あんたは座らないのかい?」


 椅子に掛けた俺の隣で、一人腕を組んで立つラトドさんに、不思議そうにおばさんが尋ねた。


「俺が座ると、壊しちまう事があるからな」


 俺は掛けたばかりの、簡素な木製の椅子を見る。確かに、二メートルを超える筋骨隆々の大男の前では、木っ端微塵にされてしまいそうな頼り無さだった。壁以外は全て木製なので、ラトドさんが踏み入れた瞬間、床はぎしっと苦しげな音を立てていたし。


「あっはっは。そいつは失礼。じゃあ悪いけれど、ちょっと立っといてくれるかい? あたしも今、自分の朝食作ってた所だからさ」


 おばさんはさっぱりと笑うと俺達に背を向け、ドアから見て右手の壁際にあるキッチンに立ち、作業を再開する。……コンロのようなものが見えたが、ワセデイにはガスが通っているんだろうか?


「その生き残りの隊員ってのは、うちの息子の事でねえ。街の警備隊として働いていたんだけれど、その地下採石場に、魔物が出たって言うじゃない? だから、ギルドからの協力要請もあって、調査に向かったんだ」

「んっ?」


 俺の疑問を感じ取ったように、すぐにラトドさんが尋ねる。


「街はギルドに調査を依頼したって聞いたが、実際に人員を割いたのは街だったって事か?」

「ここのギルドには直接管理するハンターがいないからねえ。知ってるだろう? ワセデイは大都市。特に、建築で財を成した金持ちの街さ。だから普段は安全で、ギルドが専属のハンターを直接抱えなきゃいけない程の危険は無いから、普段はまず、街の警備兵が駆り出されるんだ。それで駄目だったらギルドが依頼を出して、この街に集まってくる冒険者達に、助けを求めるって仕組みだよ。魔物の調査だ討伐だっていう仕事は、冒険者達に任せっきりで、不得手なのさ。それだけ平和な街って事なんだけどね」


 「ほらな」とラトドさんは、片眉を上げて俺を一瞥すると、おばさんに尋ねる。



「――それで息子さんは、どんな魔物を見たとか言ってなかったか? 地下採石場には何か、不審な所は無かったかとか」



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