024. 百三十の死


 まだ残っているだろうかと慌てて階段を駆け下りると、テーブルの皿から取ったんだろう、リンゴっぽい果物を齧りながら掲示板を眺めていたラトドさんとタイナちゃんを見つけ、事情を話す。


 するとラトドさんは、それはあっさりと頷いてくれた。


「ああ。いいぜ?」

「あ……っありがとうございます!」

「はい。ウチも全然オッケーっすよ」


 しゃりしゃりとリンゴみたいなものを食べながら、タイナちゃんも頷いてくれる。


「タイナちゃんも! ……でも、本当にいいんですか? かなり危険な内容だって、トノバさんが……」


 タイナちゃんはからりと笑った。


「何を言うっすか。冒険者とは、危険に関わってなんぼっす」

「それに、分かってんだろうなあ?」


 ラトドさんはにやりと笑うと、肩に腕を回してくる。


「俺達を混ぜるって事は、報酬はきっちり、三等分だぜ? その辺はきっちりしてくれねえと、俺とタイナも飯が食えねえ」

「も、勿論です! 協力本当に、ありがとうございます!」

「おう。それじゃあ依頼の詳しい内容を、ギルド長に聞きに行こうじゃねえか」

「久々の大仕事っすねえー。腕が鳴るっす!」


 頼もしく笑ってくれる二人に、俺は心から感謝しながら、案内するように二階へと引き返した。


 何だか初めて、頼れる誰かに出会えた気がして。



 ▽



 トノバさんは、二人を連れて引き返して来た俺を見ると、目を見開いた。


「ああ。ラトドさん、タイナさん……! お二人が、アライ様と同行を? こんなに頼もしい事はありません……!」

「それはいいから、敵の詳しい情報を教えてくれ」


 ラトドさんは、背負っている大きな斧を床に下ろしながら、どっかりとソファーに座る。


 タイナちゃんの背中の荷物はそこまで邪魔にならないのか、ソファーに凭れる事は無く、前のめりに掛けながら、ラトドさんの隣に座った。


 俺がタイナちゃんの隣に座るのと、トノバさんが俺達と向かいのソファーに掛けるのは同じで、トノバさんは最初に俺に語り出した時と同じく、深刻そうな表情に戻ると話し出す。


「それで、早速依頼の内容なのですが……。採石場に現れるというその魔物は、当ギルドではその詳しい生態や姿を、未だ把握出来ておりません……」


 ラトドさんは怪訝な顔をすると、腕を組んだ。


「あぁ? 一ヵ月前から市長直々に相談が入ってたんだろ? 何だって未だに、そこまで無知な状態なんだ。まさか誰も、まだ狩りに行ってねえのか?」

「それが採石場とは言いましても、地下にあるものでして……。魔物は広大な敷地内を棲み処にするように、移動し続けているようなんです。捜索隊は何度もギルドから派遣したのですが、余り奴を刺激してしまうと……」


 タイナちゃんが言葉を継ぐ。


「採石場が崩落する恐れがあるから、迂闊に動けないって事っすね?」

「その通りです……」

「けっ。コソコソした野郎だぜ。ワセデイの地下採石場って言やあ、洞窟みてえになってんだっけか? 昔ここの依頼で、奥に潜って特殊な石を切り出して来て欲しいって内容を受けた事があったが」

「恐らくそこと同じ採石場でしょう。地上にある石切り場はかなりの数が点在していますが、地下にあるものはワセデイでは一つだけですので」

「なら、ここから馬車で一時間ってぐらいか。大して離れてる訳でもえんだし、とっとと退治しねえと、街にやって来るかもしれねえな。その陰湿野郎は」

「市長もそれを恐れておりまして、早急に手を打って欲しいとは頼まれているのですが、何せ魔物が潜んでいる場所が、ワセデイの収入を支えている特産品が採れる場所ですからね……。大挙して攻撃を仕掛けるにも、採石場にもし万一の事があれば……」

「都市の経済に大打撃を与えちまうってか。成る程な。まぁそこは問題えだろ。三人だけで行くんだ。採石場への被害は小さくて済む」


 ラトドさんの次に、今度は俺が尋ねた。


「でも、本当にその魔物について、何も掴めてないんですか? 何度も捜索隊を出してっていう事は、一度ぐらいは誰か、姿を見たとか」

「この一ヵ月、何度も捜索隊を派遣していますが、その姿を捉えたものは、未だ生還出来ていません」


 トノバさんの冷たい声に、応接室の空気が凍り付く。


「……一ヵ月で捜索隊は三度、各隊五十人体制で地下採石場に向かわせましたが、その半数以上が捜索中に死亡……。遺体は未だ、引き上げられておりません。各隊の生還者は合わせても二十人程度で、皆命辛々逃げ延びて来ており、その魔物の姿を、真面に確認出来た者はいないのです」

「そんな……」

「つまり、百五十人が捜索に向かい、その内百三十がやられたって事か」


 声を漏らす俺の隣で、ラトドさんは冷静に言った。


「捜索隊には、護衛は付けたんすよね?」


 タイナちゃんが尋ねる。


「勿論です。隊員の安全が最優先ですので……」

「でも、地下って事は暗いっすし、付けた護衛は恐らく、剣士じゃないっすか? 皆で松明なんて掲げながら、進んで行ったんじゃないかってイメージをしてるんすけれど……」

「仰る通りです。視界が良好とは言えない環境でしたから、弓使いなどは付けませんでした」

「なぁーる程っすねえ。先輩。ウチ、市場いちばでちょっと仕度して来るんで、後頼むっす」

「おう」


 タイナちゃんは立ち上がるとそれだけ言って、早足で応接室を出て行ってしまった。


 どこに行くのだろうとタイナちゃんを目で追っていた俺の意識を、ラトドさんの言葉が引き戻す。


「暗いってのは俺達には大して問題にならねえ。問題は、そいつがどの辺りにいるかって見当を付けなきゃけねえって事だ。生き残ってる捜索隊の奴らの所在を教えろ。俺とこいつで聞き込みをする。終わったらギルドに引き返して来るから、何か用があったら伝書鳩でも飛ばして連絡してくれ。行くぞ。リュウタ」

「えっ?」

「分かりました……。受付に訊けば、分かるかと思います」

「ま、そう暗い顔すんなや。ちゃちゃっと片付けてやるよ」



 ラトドさんは、不敵に笑うと大斧おおおのを担ぎ直し、俺の腕を掴んでひょいと立ち上がらせると、応接室を後にしてしまった。



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