023. 採石場の怪物


「『お父さん』?」


 マルガさんの言葉に目を丸くした俺に、ラトドさんが小声で説明してくれた。


「マルガの嬢ちゃんは、ギルド長の娘なんだよ」

「愛娘ですからナンパなんかしたら、ギルド長直々に、討伐依頼発注されちゃうっすよ」


 冗談なのか本当なのか、これは笑顔で言うタイナちゃん。


「へえ……」


 ギルド長は早足で目の前までやって来ると、娘らしいマルガさんに確認を取った。


「伝書を受け取った。例のお客様は?」

「こちらです」


 マルガさんに示され、ギルド長と目が合う。


 背え高っ。百九十センチぐらい? 俺と十五センチは違うな……。


「ああはじめまして。私、ワセデイのギルド長をしております、トノバと申します」

「あ、はい。荒井龍太です……」

「アライ様。すぐにご相談したい事がありますので、今からこちらに来て頂けないでしょうか?」

「え?」

「おっ。緊急依頼か?」

「いいっすねえ成功すればがっぽがぽっすよ!」

「えっ?」


 ラトドさんとタイナちゃんまで、急な事を言い出す。


 トノバさんは俺の返事を待たずに、マルガさんに素早く言った。


「マルガ。すぐに私から、アライ様の捜索願の手続きを」

「分かりました。上得意様から詳しいお話を聞いた後に、今日中には市内全ての依頼板へ貼り出しておきます」

「えっ!?」

「助かる。――ではアライ様。こちらに。ご案内致します」

「えぇえちょっとそんな急に――ちょっとぉ!?」

「頑張れよォ!」

「頑張って下さいっす!」


 ラトドさんとタイナちゃんに笑顔で見送られ、トノバさんに腕を掴まれた俺は引き摺られるように、建物の二階へ連れて行かれた。



 ▽



「実はアライ様に、お願いしたい事がありまして」

「…………。いや……」


 応接室に連れて来られた俺は、トノバさんと石製のテーブルを挟んで、高そうなソファーに掛けていた。


「急に、そんな事言われましても……」

「実はここ最近、ワセデイの辺りで、凶悪な魔物が出没するようになったのです……」

「あの聞いてます?」


 どう見ても聞いてない様子で、深刻な顔でテーブルの上で両手を組んだトノバさんは続ける。


「奴が現れる地域は、このワセデイの特産品でもある、良質な石の採石場付近でして……。早急に手を打たねばと、ギルドからはもう一ヵ月前から討伐依頼を貼り出しているのですが、未だ奴を倒せた者はおらず……。どうか勇者であるアライ様に、奴を退治して欲しいのです!」

「っていうかここ、本当にワセデイなんですね……」

「はい。ここは石と霊泉の街、ワセデイです」


 何でそこにだけはさらっと答えてくれんのさ。


 とは言えず、微妙な表情でトノバさんをじっと見る。


「あの、変な事訊くんですけれど、躓いたら瞬間移動する石とか、この辺りに埋まってたりするんですかね?」

「いえ……? 私はそのような石の話を聞くのは、初めてですが……」


 じゃあさっき転んだ時、何で急に、移動してたんだ?


 本当に、どうなってる。


「……この世界の移動手段って、主に何ですか?」


 額に手を当て俯いたまま、トノバさんに尋ねる。


「徒歩か馬車、海なら、船が主ですね」

「という事はつまり、そんな石は存在しないと」

「少なくとも私は、生まれて一度も聞いた事がありませんが……」

「はあ……」


 石の街の住民でも分からないってか。


 つい溜め息をついてしまう。


 分からない事が多過ぎる。まるで知ろうと動き回る程に、新しい謎に足を絡め取られていくようだ。


 俺は上手く頭が回らなくて、取り敢えずとでも言うように、目の前の問題について反応した。


「俺戦いなんて、まだ一回しか経験した事無いんですけれど……」


 だってまぐれだったし。


 次も勝てるかなんて、全然自信無いし。


 ていうか怖いし。


「……そもそも俺、皆が勇者勇者って言うからそうなってるだけで、受け入れられてないですからね? 何なんですか? 救世って。確かに普通じゃない力を手に入れているのは、感じてますけれど」

「勇者に託された使命とは、自ずと見てくるその願いこそが、果すべき役目なのだと言い伝えられています。……つまり今、アライ様が最も望む事を全うする事が、救世に繋がっていくのではないだろうかと……」

「そんなもんなんですかね……」


 何か、全部疑わしく見えてきた。


 今は普通だけれどさっきのトノバさんの態度も、何かちょっと変だったし。全然話聞いてくれなかった所とか。疑い過ぎかな。


 俺が今したい事……。それは、この世界が何なのかを知る事だ。ここはどこで、俺はどうしてここに来てしまっていて、そして、帰る方法はあるのかどうか。元いた世界は今、どうなっているのか。俺はそれが知りたい。そしてそれを知る為には、何を得なければならないのかも。


 じっとしていても知れそうな事では無いし、旅をする必要がある。その為にはお金が必要だ。このギルドっていう組織は、冒険者向けの仕事を取り扱っているようだし、そこで仕事を受ければお金は稼げる……。今俺は、そのギルドを取り仕切る長から直々に、特別な依頼を受けようとしていて――。ん? 考え方によっちゃあ今は、もしやチャンスなのでは?


「あの……?」

「何でしょう?」


 頭を上げた俺は、言葉を待っていたトノバさんを見た。


「タイナちゃ――一階の冒険者さんが言ってたんですけれど、この依頼って、報酬の方はどうなって……?」

「ああ。それなら、相応の額をご用意していますよ」


 トノバさんは、にっこりと答える。


「市長からの依頼ですからね。ワセデイそのものの問題でもありますので、無事討伐された際には、沢山の金貨をお支払いします。旅の資金には、暫く困らない事になるかと」

「……因みにその依頼って、俺一人で達成しないと駄目なものなんですか?」


 トノバさんは、慌てて手を振った。


「いいえ、決してそういう訳では。ただ危険な魔物ですので、アライ様のような優秀な方にのみご依頼させて頂こうかと考えているだけでして……。アライ様が見込みがあると感じられた方となら、何人と討伐に向かわれても構いません。あくまでギルドとしても、極力死傷者は出したくないが故の対応です」

「…………」


 まだ何もしていないのに凄く期待されて、戸惑ってしまう。優秀かなんて全く分からないのだが。


 でも、意地でも見極めてやるって、決めただろ。


 俺は、帰らなくちゃいけないんだ。


 俺は自分を奮い立たせるように、膝の上に置いていた両手で、拳を作った。



「――受けます。その依頼。その前に、協力を頼みたい人がいるんで、一旦下に下りてもいいですか?」



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