022. 上得意様


「はぁーっ。大したもんだぜこのご時世に。何時代から来たんだ?」

「先輩!」


 ゲラゲラと笑うラトドさんを、立ち上がったタイナちゃんが睨む。


 畜生……。俺の住んでる世界の方が、よっぽど発展してるんだからな!? 何だよ馬車って映画かよ! 電気もえ、車も走ってねえような世界の住人に、古代人扱いされるだなんて……。何であのあほシスターも、お金は用意してくれなかったんだ! 重要度かなり高いだろ! 何で見落とすんだよ本当にあほか!


 でも持ってないものは仕方無い……。何か、何でもいいから日雇いのバイトとかして、捜索願を出せるだけのお金は集めないと。単にこの世界で生活していくにも、ある程度の蓄えは必要である。


「……はあ。じゃあ、捜索願を出すお金を用意したいんですけれど、何か簡単な依頼って、受けられますか……?」


 俺はリュックを背負い直すと、のっそりと立ち上がった。悲しみの所為か、リュックがずっしりと重くなった気がする。いや、重さを感じるのが本来で、救世の為の力とやらで、軽く感じているだけなんだけれど。


 カウンターの向こうで座り直していたマルガさんは、困った笑みを浮かべた。


「えーっとそれには、まず身分証のご提示が必要になるんですけれど……」


 DOUDOUMEGURIどうどうめぐり


 おんなじ事訊いちゃった!


 超恥ずかしい!


 いやだから訓練所とか通ってないから身分証なんて持ってないって! つまり雑用みたいな依頼しか受けられない! 捜索願って事は明らかに一般人向けな依頼じゃないし、多分ラトドさんとかタイナちゃんみたいな、冒険者に複数名頼んで辺りを捜して来て貰うって内容だろうから、多分そんな雑用みたいな仕事で稼いでちゃ非常に効率が悪い!


 「因みにその捜索願の発注金って、一番安くてどれぐらいなんですかね」とかは、このタイミングで訊くのは恥ずかし過ぎるのでまた後で!!


「あっ!」


 思いが言葉に出てしまっている事は、もう気にしない俺は閃いた。


 そうだ、刺青いれずみと言えば、俺にはあれがある!


「ちょっと! ちょっと見て欲しいものがあるんですけれど、いいですか!?」

「はい?」

「「?」」


 ぽかんとするマルガさんと、首を傾げる二人を置いて、俺は足元に下ろしたリュックを置くと、胸当てを外し、上の服をたくし上げた。


「これ! この刺青について、何か知ってる事ってありませんか!? これについても俺、調べてて……」

「許可証、ですか……? ちょっと、失礼しますね?」


 マルガさんは不思議そうな顔をすると、俺の左胸の刺青をよく見ようと身を乗り出す。


「何だあるんじゃねえか。一体どこ出身だ?」


 ラトドさんは面白そうに言うと、マルガさんと同じく覗き込んで来た。小柄なタイナちゃんも、首を伸ばして覗いてくる。


 でもすぐに三人の表情は、示し合わせたように固まった。


 真っ先に、ラトドさんが口を開く。


「竜の、トライバルッ……? おい。こいつは――」

「も、もしかして、救世の勇者様ってやつじゃ……」

「――お二人はどうかお静かに願います。今からギルド長に、連絡を飛ばしますので。お客様……いえ、上得意様は、少々お待ち下さい」

「えっ?」


 マルガさんは、抑えた声で素早く言うと座り直し、カウンターの下から今度は、赤い紙を取り出す。そこに羽ペンで素早く何かを書き込むと、捲っていた服を下ろして立つ俺の向こう側へ、書き込んだばかりのその紙を投げた。


 紙は、ひらりと宙を舞うかと思いきや、鋭く部屋の中心部へ飛んで行く。狙ったようにテーブルの上に落ちたと思うと、独りでにその身を折り畳み、猿のような形になると、カウンターの両脇にある階段を駆け上がって行ってしまった。


「なっ何だあれ――!?」

伝書魔法でんしょまほうです。簡単なものですが」

「魔法……!?」


 マルガさんは驚く俺に、緊張感のある鋭い声で素早く返すと、身を乗り出して耳打ちしてくる。


「――ギルド内の混乱を避ける為、そのトライバルを見せたり、ご自身が勇者である事を口外するといった事は、極力控えて頂けますか?」

「えっ? あ、ああ、はい。分かりました……」


 マルガさんは俺の返事ににこっと笑うと、さっきまでと同じ、丁寧でとっつきやすそうな態度に戻った。表情を戻しながら座り直すその動きの間には、鋭い一瞥がラトドさんとタイナちゃんに向けられていて、「騒ぎにしないで下さいね」と、暗に訴えかけている。


 驚きの余り固まっていた二人はその視線に気付くと、察したのかすぐに落ち着いた態度を作ってみせた。何だかその遣り取りには慣れたものを感じて、きっと三人は深い仲なんだろうなと、何となく思う。


「――捜索願の件は、ギルド長から直々に、ギルドの依頼板へ張り出されるかと思います。上得意様からのご要望は極力叶えるよう、代々ギルド長や市長から、言い伝えられておりますので」


 俺は目を丸くする。


「えっ? いいの? お金無いのに」

「はい。上得意様の手だけはなるべく煩わせてはならないのが、少なくともこのワセデイでのルールですから。上得意様程のお方が抱えている問題となると、世にも大きく関わる事だと相場では決まっていますし。なるべく多くの資金と人員を集め、事に当たらせて頂きます」

「いや、それは……」


 いいのだろうか。にこっと笑みを浮かべて返すマルガさんに、ちくりと罪悪感で胸が痛む。


 これは別に、この世界を救う為のものでは無い。俺がこの世界を知り、あわゆくば、元の世界に帰る方法を知る為の依頼だ。正直この世界の人達の事なんて、何も考えてない。それに救世って、具体的には何をするんだ? いや、やるなんて決めてないけれど……。そんな大きな事、一人の人間にやれるなんて、とても思えないし。


「でも俺、この世界に来たばっかりで、まだ何も分からないですし――」

「マルガ!」


 階段の方から声がすると、灰色のシャツに赤いネクタイをした男の人が、黒いロングコートの裾を翻して降りて来る。五十代くらいかな。白髪が混ざって灰色になった短い黒髪を七三分けにしていて、誠実そうな顔付きをしていた。


 その男の人に声を掛けられたマルガさんは、腰を浮かせながらそちらを見る。



「ああお父さ――ギルド長」



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