021. 無一文


「あぁ? 何だよ急に。言ってみろ」


 口は悪いが、聞いてくれるラトドさん。タイナちゃんの言う通り、怖いのは見た目だけで、意外といい人なのかもしれない。


「全身真っ白衣服を着て、こう……。シスターみたいな帽子を被った、俺ぐらいの歳の女の子を探してるんです」

「シスター? 教会関係の奴か。髪の色とかもっと、特徴はえのかよ?」

「金髪で、色の白い子でした」

「うーんよくいるタイプの人種っすね……」


 右手に手袋をはめ直しながら、難しい顔をするタイナちゃん。


「で、そいつを最後に見たのはいつのどこだ」

「昨日の、洞窟の中です」

「「洞窟?」」


 ラトドさんとタイナちゃんは、揃って目を丸くした。


 ラトドさんは再びカウンターに右腕を乗せると、ずいっとマルガさんに尋ねる。


「おいマルガの嬢ちゃん。この辺りで、洞窟の中に教会なんて建ててる、物好きな宗教なんてったか?」


 じっと俺達の話を聞いていたマルガさんは、矢張り二人と同じく、不思議そうな顔をした。


「いえ……。昨日見てここにいらっしゃるという事は、ワセデイからもかなりの近場という事になりますが……。そのような組織が存在しているとは、当ギルドでは把握しておりません。依頼金をご用意して頂ければ、そのシスターらしき方の捜索願を、当ギルドから張り出す事も可能ですが……どうされますか? 依頼の発注には、許可証のご提示と言ったものは要しませんが……」

「マジ? 探してくれんのっ!?」


 俺は思わず、カウンターに身を乗り出す。余りの勢いに石製のカウンターに、剣の鞘や柄が、がちんと音を立ててぶつかった。


「はい。発注金さえご用意して頂ければ、誰でも依頼を出す事は可能です」

「そのハッチュウキンって、お金の事!?」

「は、はい……。貨幣経済になって、もう随分と久しい頃ですし……」


 マルガさんはやや仰け反りながら、更に不思議そうな顔にもなりながらだが答えてくれた。


 マジか。何というラッキー。これなら思ったより、早くあのシスターと再会出来るかもしれない! あいつに会えば何かしら、この世界の情報について得られるかも。流石に次に会った時まで同じ言葉しか繰り返さないなんて事は無いだろうロボットじゃあるまいし!


「……発注金も知らねえって、こいつちょっとやべえんじゃねえか?」

「ド田舎ならまだ、物々交換で暮らしてる村もあるっすよ。物凄い地方出身者なのかもしれないっす」


 後ろで何やらこそこそ話してるのが聞こえるが、俺は気にせず、足元にリュックを下ろして中を開けた。


「ちょっと待ってくれ! その、捜索願ってのを出したい!」


 お金を探す俺の頭上から、カウンター越しに身を乗り出して来る、マルガさんの声がする。


「あっ、はい。依頼発注の手続きですね? 捜索願となると、ご設定される捜索範囲や募集捜査員の規模などに応じ、発注金額の価格が大きく変動するので、モデルを提示してご説明させて頂きます……」


 俺はマルガさんの説明を半分ぐらいに聞きながら、夢中でリュックの中を探した。だってこんな思わぬ形で、元の世界に帰るヒントが得られるかもしれないのだ! 心が躍るってもん


「ん?」


 そう言えばこの世界のお金って、どんな形してたっけ? 硬貨? お札?


 思えばまだ一度も見た気がしないと気付き、何だかさあっと血の気が引いた。


 だって、薬やサバイバル用品などといった道具は沢山入っちゃいたが、お金なんてそれらしいものがご用意されていた気はちっともしない。


「…………」

「あァ?」

「リュウタさん?」

「お客様? どうされました?」


 ガサガサと勢いよくリュックを漁っていた動きがぴたりと止み、石のように動かなくなってしまった俺へ、三者三様の言葉が投げられる。


「……あー……」


 俺はもう半ば分かっていながら、未練がましくまだリュックを漁りながら三人に尋ねた。


「因みにお金って、どんな形してましたっけ……」

「はあ?」

「んん……」

「お、お金ですかっ?」

「えーっと、リュウタさん。コインっすよ。金色の。ほら、見た事無いっすか? ワセデイ程の大都市なら、物々交換なんてもうどこに行っても見られないっすっし……」


 唸ったタイナちゃんは言うと、俺の隣で片膝を着き、ウエストポーチから、何かが詰まった茶色い革の小袋を取り出した。口を解くと中から、金色のコインを見せてくれる。


「…………」


 俺はその輝きから目を逸らして、まだがさがさとリュックを漁った。


 こちらをじっと見下ろしていたラトドさんは、遠慮の無い低音で言う。


「おいタイナ。こいつとんだ田舎者だぞ」


 タイナちゃんは金貨の袋をしまいながら、落とした声で慌ててラトドさんに返した。


「ちょっと先輩ウチらだってド田舎の生まれじゃないっすかそんな事言っちゃ駄目っす!」


 聞こえてる。聞こえてるよ。


 声が抑えられてないし、隣で喋られてるんだから嫌でも聞こえてるよ。


「俺が出て行く頃には貨幣になったさ」

「ウ、ウチだって小さい頃から、お金の数え方は両親から習ってたっすけど……」

「…………」

「あのー……。当ギルドは物品でのお支払いは受け付けておりませんので、お金が無いとなるとこちらも、どうしようも無いのですが……」

「――俺お金、持ってませんっ!!」


 マルガさんの何とも言い辛そうな声に止めを刺され、俺は泣きそうな声で正直に叫んだ。


 なんてこったい! 幾ら探しても無一文だぜ!



 物はあるけれど、金はえよ!



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