020. 身分証明
カウンターの前に来ると、受付らしき女の人が対応してくれる。歳は多分、大学生ぐらいかな。
受付の人達は、この街を作っているレンガのような、白みの強い灰色のワイシャツに茶色のベストを着て、赤いネクタイを締めており、事務員さんのような姿をしていた。対応してくれた人は、黒髪を真っ直ぐ胃の辺りまで伸ばした、優等生っぽい顔をしている。
「おはようございます! ワセデイのギルド、『霊薬の泉』へようこそ!」
「ワッ、ワセデイ!?」
やっとラトドさんとタイナちゃんの隣に追い付き、カウンターに立ったばかりの俺は耳を疑った。
それに、ギルドってあれか!? ゲームとかでよく冒険者が、魔物退治とかの仕事の依頼を受ける場所!?
「はい! ここは石と霊薬の街、ワセデイですよ! この街のシンボルである、このギルドの正面にある天然の霊薬の泉は――」
「おいマルガの嬢ちゃん。今日は観光に来た訳じゃねえんだ。何か、おもしれえ仕事は入ってないかい?」
ラトドさんはカウンターに右腕を乗せながら、ずいっと身を乗り出して笑ってみせる。歯を見せているがその表情は爽やかとは程遠く、マルガと呼ばれた受付嬢さんが今にも、金品を巻き上げられそうになっているシーンにしか見えない。
でもマルガさんは、ラトドさんとは以前からの知り合いなのか、怯えた様子は全く無かった。
「あら! それは残念です! 良質な石材の街でもありますから、是非家を建てる際は、ワセデイの大工にご相談下さいね!」
「俺達は家なんか買わねえっての」
「まあいつかは引退なり、定住のハンターとしてどっかに雇って貰うのもいいっすけどねー」
タイナちゃんも慣れた様子で、けらけらと冗談を飛ばす。
マルガさんは、カウンターの下から何かを取り出そうとした動きを中断させると、俺達に敬礼してみせた。
「なら、いつも通り何かの討伐依頼のリストを――。っとその前に! 今日は月初めですから、身分証の提示をお願いします!」
身分証?
「ああ? ったくめんどくせえないつも来てんだろ……。ほらよ。俺は面見りゃ分かるだろ」
ラトドさんは言うと、自分の左頬の刺青を示してみせた。
マルガさんはそれを確認すると、カウンターの下から取り出しておいたB5ぐらいの茶色い書類に、インクを浸した羽ペンで何やら書き込んでいく。
「はい。イイモ地方訓練所卒業生の証ですね。タイナさんも、ご提示をお願いします」
「はいっす!」
タイナちゃんは元気よく答えると、右手の手袋を外し、手の平を受付嬢さんに向ける。そこにはラトドさんと同じ、剣に水流が絡み付くようなデザインの刺青が彫ってあった。
マルガさんはそれを確かめると、ラトドさんの時と同じように、取り出しておいた書類に何か書き込む。切り取り線でも施されているのか、その二枚の上部を破って切り離し、下部分を二人に渡した。
「……はい。タイナさんも、同地方訓練所を卒業した証を確認しました。――これは今月分の、我がギルドでの依頼受注許可証となります。これは紛失してしまうと、受注した依頼の報酬が受け取れなくなってしまいますので、しっかりと保管しておいて下さいね。万一紛失された際は速やかに当ギルドへの連絡と、再発行の手続きをお願いします」
「どうもーっす」
「おら。てめえもさっさと身分証出せよ」
ラトドさんはマルガさんから受け取った書類を、ぐるりと腰に沿うように、沢山の革袋がぶら下がったウエストポーチにしまいながら俺を見下ろした。
「え、えっと、身分証っていうのは……?」
「あぁ? 何だ新米冒険者か? 訓練所で習わなかったのかよ? 身分証っていうのは各地方にある、冒険者を育成する為の訓練所っつー所で、一通りの学びを終えた奴に与えられる、卒業証書みてえなもんだよ。刺青だからこうして、好きな所に彫るんだ。こいつを貰うと初めて、公にその活動を認められる冒険者になれるんだよ。この身分証があれば、冒険者しか受けられねえ依頼を受けられるようになって、それで稼いだ金で飯が食えるって訳だ」
「まあ逆に言うと、どこかの訓練所でちゃんと勉強して冒険者って認められないと、まともな仕事が受けられないって事になるっすね」
ラトドさんの説明に、彼と同じデザインのウエストポーチに、丁寧に畳んだ許可証をしまいながらタイナちゃんが続く。
「身分証が無くても受けられる依頼って一般の方向けの内容っすから、迷子の飼い猫探しとか、家畜の見張りをして欲しいとか、正直、雑用っぽいものばっかりになっちまうっす。……リュウタさん、剣を提げてるって事は、訓練所で剣を習ったって事っすよね? 素人がそんな格好して一人で歩き回ってる事なんて、まあ見かけないっすし……」
「つーか、訓練所も出ねえで剣を提げてるなんざ、憲兵共に睨まれるぞ」
「えっ?」
「ならず者が多いんす。訓練所に通わずに、武器を提げてる連中って。訓練所を卒業する際は、正式に武器を提げる為の手続きや審査も行われるっすから、それを受けないで刃物を持ち歩くってのは、ちょっと……。猟師としての道具だとか、護身用だって言えばぶっちゃけ通っちゃうっすから、緩いっちゃ緩いっすけどね……。でも、世間の目は厳しいっすよ」
「そうなんだ……」
どうしよう。その訓練所とやらで学んだ事は無いんですと、正直に言おうか。いやでも、急にこの世界にやって来ただけでそんな仕組みなんて初めて知ったし、あのあほシスターが持って行けと言うからこの装備は持って来ただけで、決してならず者という訳では……。誤解を受けても知らない事ばかりだから、ちゃんと説明出来るか分からない。
それに、幾らこっちの世界の人達が相手でも、信じてくれるだろうか? 目覚めたら洞窟の中にいて、同じような言葉しか繰り返さない頭の弱そうなシスターに、冒険に出ろと言われてここまでやって来ましたなんて。
……ちょっと試しに、言ってみようか。
「あの、ちょっと探してる人がいるんですけれど」
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