019. ボウケンシャ


 勇者……は一人しかいないんだったか。大男は冒険者……? っぽい、動きやすそうな服の上に所々鎧を着た、やっぱり俺と似たような格好をしていて、背中にはその身の丈と同じぐらい、でっかい斧が提げられている。


 歳は幾つぐらいだろう……? 三十歳ぐらい? 短く刈り上げた青い髪は荒々しく、顔には無数の傷が走り、どう見ても堅気の人間ではない悪人面をしていた。ひええ切り落とされたのか生々しい傷痕はあるけれど右耳無いじゃん! 左頬には何だろう、剣に水流が絡み付くようなデザインの、刺青まで彫ってある!


「あぁ?」


 大男は、眉の無い爬虫類のような目で、ギロリと俺を見下ろした。


「何だァ? 人の顔を見た途端悲鳴を上げるとは、一体どういう了見だァ?」


 低く野太い大男の声が、びりびりと腹に刺さる。


 俺はすっかり縮み上がってしまって、言葉が続かない。


「いや、あのっ……」


 ごにょごにょと頼り無い態度が癪に障ったんだろうか。大男はぴくりと眉間に皺を寄せると、カッと目を見開いて覗き込むように見上げて来た。


「あぁ? 言いてえ事があんなら、はっきり言いやがれ!」

「ひいい!?」

「先輩の顔が怖いだけっすよ。絡んじゃ駄目っす」


 すると大男の後ろから、突然高めの女の子の声がする。大男はその声に、余計に不機嫌になって身体を起こすと、ぐるんとそちらへ振り返った。


「あぁ!?」


 怖い!


 俺が怒鳴られている訳では無いのに飛び上がる!


「あぁじゃないっす。ほら、怖がってるじゃないっすか」

「お前の方からこいつは見えねえだろうがよ!」


 大男の筋肉が巻き付いたぶっとい腕が、ぶうんと空を切ると、びしっと人差し指を俺に向けてきた。確かに俺の方から見ても、大男が完全に壁になってしまっていて、その隣にいる誰かの姿は全く見えない。


 大男の向こうにいるらしい女の子は、面倒臭そうに答える。


「いや、見えなくても分かるっすよ。先輩の顔にビビって、通行人が漏らす。いつもの事っす」


 俺は漏らしてないが、確かに小さい子が見たら高確率で泣くと思う。


「――細かい事はいいんすよ。ウチらだってこんな所で突っ立ってちゃ他人様の事言えないっす。――すみません! 大丈夫っすか?」


 大男を邪魔臭そうに押し退けて現れたのは、身長百五十センチぐらいの、小さい女の子だった。高めの声と同じく元気そうな顔つきで、胸辺りまで伸ばした翡翠ひすい色の髪に、焼けた健康的な色の肌が眩しい。


 バンドマンみたいな頭した二人組だな……。こっちの世界では普通なのだろうか? さっき人でごった返した道を歩いて来た様子だと、茶髪とか金髪、黒髪が主な印象だったけれど。彼女も冒険者らしく、背中に折り畳んだ弓……? のようなものを提げていて、服装は俺や大男より鎧が少なく、やや軽装である。弓を射る為なのか、右腕には一切の防具が無い。


「ああ、はい。大丈夫です……」


 言葉や声の調子に危険さは感じないのだが、何分その髪色が怖そうな人に見えてしまい、おずおずと答えた。


「それは何より。あなたも、冒険者さんっすか? 余りこの辺では見ない顔っすけれど……」

「いや、今日初めてここに来たもんで……」

「成る程。じゃあ今から仕事を受けに行くって感じっすね。ウチらも今から受けに行く所なんで、一緒に行くっすか? 案内するっすよ」

「えっ、いいんですか!?」


 思わず声が大きくなる俺に、女の子はにへっと笑った。


「いいっすよー。先輩が怖がらせたお詫びっす。いい加減邪魔なんで、とっとと行きましょう」


 女の子は親指で大男を指差しながら笑うと、建物へ入って行く。


 大男はぶすっとしたままだが、顎をくいっと持ち上げて、来るように俺を促した。俺は二人に、やや遅れるように続く。


 建物の中はホールのようになっていて、奥には受付らしき大きな木製のカウンターがあり、左右にはそれを挟むように、上階へと続く階段が見えた。壁の両脇には外と同じ形をした掲示板がずらりと並んで、そこに張り出されている紙を見ようと、多くの人だかりが出来ている。何となく、高校受験の時を思い出した。


 ホールの真ん中には待ち合わせに使えるような、大きな石製のテーブルと椅子が並び、テーブルの上には山盛りにされた果物と、お菓子のようなものが見える。食べ物はどれも元の世界では、見慣れない形をしていた。水差しとコップが幾つもあって、自由に飲食していいのか、利用している冒険者は何人も見える。部屋の明かりは壁に設置された、何本もの松明たいまつが担っているらしい。薄暗い建物の中を、赤く照らしていた。


 足元には赤い絨毯のようなものが敷き詰められ、ふかふかとした感触に足を取られないよう、大男と女の子の後を追う。


「ありがとうございます……! まだ全然この辺りの事分からなくて……!」

「はっは。お気になさらずっす。冒険者っていうのは、こういう小さなえんも楽しんでこそってもんす。先輩は顔は怖いですが犯罪者じゃないんで、気にしなくても大丈夫っすよ。単なる悪人面の極みっすから」

「縮めるぞチビ」


 大男が凄む。


 少女はへらへらと返した。


「チビ? はぁー誰かちょっとっかんないっすねー。今ここにいるのは偶然出会ったそこのお兄さんと? 先輩と? ウチ、タイナちゃんだけっすからー」


 大男は明らかにイラついた様子で、ぼそっと口を開く。


「……一番この場で小せえのはおま」

「所で、お兄さんは何てお名前っすか?」


 少女――タイナちゃんとやらは、受付の前の人混みで立ち止まると、ひょいとこちらに振り返って来る。


「あ、龍太です……。荒井龍太……」

「アライさん? リュウタさん?」

「名前はリュウタの方ですね」

「じゃあリュウタさんで!」

「おい!」

「あとこのでっかいのは、ラトド先輩っす。以後お見知りおきをー」

「…………」


 鬼のような形相でタイナちゃんを睨むラトドさんに、俺は何とか場を和ませようと、下手な笑顔ながら笑いかけてみた。


「よ、宜しくお願いします……」

「…………」


 挨拶してよお!



 ラトドさんはぶすっとした顔で、前の人混みを掻き分けて行ってしまう。タイナちゃんは慣れた様子でその後を追うので、俺も続いた。



 ……多分タイナちゃん、自分じゃあの人混みを掻き分けるのは、厄介だと思ったんだろう。ブルドーザーのように突っ込んで行くラトドさんの背中にぴったりくっついて、満足そうだ。目が合うと、にししと歯を見せて笑いかけられる。強かな子だ……。



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