018. 唐突ラッシュ


「…………」


 目の前をガラガラと、忙しなく馬車が横切っていく。


 運転手って言っていいんだろうか。荷台を引く馬を操っていたおじさんにはちょっと、迷惑そうな一瞥を投げられていった。荷台はリアカーみたいな形をしていて、五人ぐらいはお客さんが乗っていたと思う。おじさん、女の子と、老若男女問わない様子で、小さなバスを見ているような気分になった。

 灰色っぽいレンガのようなものが敷き詰められた広い道は、彼らが走り去って行く轍を残さず、ただじっと黙って、馬車を見送っていく。


 その忙しなく走る馬車の周りすれすれを、沢山の人が行き交っていた。


 オマ村の人々とは、格好から違っている。服装がどこか洗練されていて、鮮やかな色にしっかりと染められていたり、刺繍が入っていたりと、少し手が込んでいるのだ。歩き方を取ってもせかせかとしているのに、どこか小慣れた様子と言うのか品があって、都会の人達なんだろうなと、何となく思う。空間を上へと取る事を意識した、道に敷かれたものと同じ石で出来た陸屋根二階建ての建物がずらりと両脇に並ぶ道の上を、渋谷駅の前のスクランブル交差点みたいに、あっちこっちから色んな人達が歩いてくる。その真ん中で呆然としていた俺は、誰にもぶつかる事も無く、ただ立ち尽くしていた。


「――えっ!? いやいや、何なんだよ急に!?」


 我に返った俺は、人混みの中叫んだ。


 だが、行き交う人々の喧騒に殆ど掻き消されてしまい、周囲の人達も気付いていないのか目もくれない。


 どこなんだここ? さっきまで、オマ村を出て原っぱの上にいた筈じゃあ……。


「あっ、あの! すみません!」

「あーこれから仕事なんだ」

「他の人にしてくれる?」


 取り敢えずこの場所は何なのかを尋ねようと、辺りにいる人達に声を掛けようとするのだが、人波に逆らう動きを取ってしまい、どかどかと肩や腕が、周りの人と激しくぶつかってしまう。然も皆忙しいのか、目を合わせず言葉を返されてしまった。うう。歩くのめっちゃ速えし……。


 渋谷駅とかいかにも知ってる風な例えを出してしまったが、俺は渋谷なんぞには一度も行った事が無い。戦況がテレビやラジオの放送内容にまで絡んでくる以前のバラエティ番組で、「へえー。都会ってすげえなあー」と、他人事のようにあの交差点を見た事があるだけの田舎者だ。そこまでド田舎って訳でも無いけれど、地方都市出身者だ。こんな人混みには遭遇した事が無い……。こんなに人間がいるの、東京と大阪ぐらいだろ!


 相手にされないなら仕方無い。これ以上ほったらかされて恥をかきたくもないと、人の流れに従うように、取り敢えず歩いてみた。皆道の両脇にある、店……? みたいな建物に入っていったり、その前にある木造の屋台みたいな小さな店で立ち止まって、何か買ったりしている。それでも人の量は中々減らず、四方からも同じような道が伸びて来ている広場に着くと、またそれぞれの行き先を目指して、四本の道へばらけていった。


 広場には、一際大きな屋台や建物が並び、俺が通って来た道の人々の三分の一ぐらいは、ここが目的地だったらしい。慣れた様子で入っていく。何の建物なんだろう……。大きな看板らしきものがあちこちに立っているが、文字が見た事の無い形なのでさっぱり読めない。


 誰か道を訊いても答えてくれる、暇そうな人はいないだろうか。広場の中心にある噴水周りの石のベンチに掛けながら、俺は大きく嘆息した。


 でっかい噴水だな……。滝壺の側にいるみたいに、ごーごー水が鳴ってる。噴き出す水の勢いが凄過ぎて、跳ねた水滴がひっきりなしにぱらぱら飛んで来るのが気になるが。まあそういうデザインなんだろう。もう間欠泉みたいな勢いだけれど。


 ただただ水柱が高く真っ直ぐ、十メートルぐらい上り続けると落ちて来るだけで、余り繊細さは感じないデザインだ。豪快なのは結構だが、こんなものを見て心が安らぐのかは甚だ疑問である。現に俺はこの激しい噴水の雰囲気に、悪いが付いて行けてない。ぶっちゃけ煩くて、余計に気が滅入っている。つい溜め息が零れてしまったが、ごーごー煩いから掻き消され、また何とも言えない気持ちになった。


 ……もう一度、誰かに声を掛けてみようか。また忙しいって言われたらかなりのダメージだが……。都会ってこんななんだろうか。まあ太陽の位置や、まだどこか白っぽい空の色を見るに朝方だし、通勤ラッシュとぶつかってしまっているのかもしれない。手が空いてそうな人はいないだろうかと、きょろきょろと辺りを見渡す。すると噴水を挟んだ先の、丁度真後ろの方にある建物が、何だか気になって目が留まった。


「……ん?」


 そこには俺のような、冒険者風の身形をした人達が、沢山入っていく。屋根に掲げられている看板には、剣や盾のデザインが勇ましく並び、他の建物と明らかに雰囲気が違っていた。……武器屋だろうか? でもあそこなら、俺でも相手にして貰えるかもしれない。リュックを提げ直しながら立ち上がると、恐る恐る近付いてみた。


 その建物の入り口の両脇には、大きな掲示板が設置されていて、何やらそこに貼り付けられた大量のチラシのようなものを、俺と同じような格好をした人々がじっと見ている。何だろう。字が読めないから分からない。


 建物の作りは他のものと同じ、上に空間を取っている都会っぽい雰囲気だが、高さが二階建てが主な中で倍を行く、四階建てをしていた。壁には旗やのぼりのようなものが設置され、風にゆらゆらと靡いている。


「――おいんな所でボサッとしてんなよ! 邪魔だろうが!」


 出入り口の前でつい建物を見上げていると、左肩にどかっと鈍い痛みが走った。


「あっすいませ――ひいっ!?」



 ぶつかってしまったのだろう反射的にそちらを見ると、二メートルはあるんじゃないかってぐらいの大男が、それは不機嫌そうに立っていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る