chapter 7/?

017. 走レ。


 まずは村を出て、左手に真っ直ぐ歩くと、大きな岩が見えて来るらしいのでそれを目指す。村の周囲は原っぱが広がり、所々に林、森が広がって、地平線の遠くには山や、街の影らしいものがうっすら見えた。


 えー途中で川が現れるから、水はそこで補給するようにってカイハニおじさんが言ってたか……。休む時は日よけの為に、木の下に行く事。動物や魔物は森や林にいるので、極力近付かないように。


 ……皆さらっと言うから受け入れてしまっていたけれど、魔物って、エハアラみたいな化け物って事でいいんだよな? 動物とはどう違うんだろう……。動物より、危ないとか? でもエハアラと熊なら、熊の方が怖そうだけどな……。でっかいし。ものによるとか? 元の世界の方での魔物は、魔法使い達が従えてる化け物達の事で、正直エハアラなんかより、よっぽどおっかないって聞くけれど。銃が効かないとか、鉄を喰っちまうとか。


「…………」


 元の世界の事を思うと、やっぱり不安になってきた。そりゃあそうさ。もうずっと非常事態なんだ。……何であんな事になったんだろうきっかけは忘れちまったが、兎に角こんな所で、ぼんやりしているような暇は無い。


 そもそも最初に俺を旅へ誘導した、あの聖女は何だったんだ? 顔立ちから外国人ぽかったけれど……。宴が始まる間に、もう一度村の外に出て辺りを見渡してみたけれど、あの洞窟らしきものは、どこにも見えなくなってしまっていた。あんな丸腰で、魔物が棲むような森や林に囲まれた場所でずっと暮らしているとは思えないし、多分もう、どこかへ移動したんだとは思うけれど。


 あの聖女の事も調べないとな。セモノ村長や村の皆は知らないって言ってたし、ワセデイに着いたら確かめないと。あとどうしても気になるのが、地形が突然変わった事なんだけれど、それも村の皆は分からない所か、不思議そうにしてたな……。ここは元々緑が豊かな地域で、荒野なんてこの辺には無いって。


 ……じゃあ、俺が最初にこの世界へやって来た時に見ていたあの景色は、何だったんだろう。夢? 気の所為? いやいやそんな。意識は今だってはっきりしているし、ここはどうやら夢の世界じゃないって、昨日思い知ったばかりじゃないか。今朝だって目覚めても、やっぱり世界はこっちのままだったし。元に戻ってないだろうかと、実は結構期待してたんだけれど。


「…………」


 ざくざくと草を踏みしめる足取りが、何だか重たくなってきた。


 いや、変に悩むのはよそう。どうやら勇者の力とやらで、体力はかなりのものがあるみたいだし、ここは一丁走って向かってみるか! 野宿とか普通に怖いからなるべくしたくないし! 救世の為の力とやらの、お手並み拝見だぜ!


「よーし……!」


 気持ちを奮い立たせ、リュックをしっかり背負い直すと、呼吸を整え強く踏み出した。肩は風を切り、大きく振るわれた腕は、オールのように力強く身体を前へと運ぼうとする。


 が。


 二歩目で派手にすっ転んでしまった。


 草に紛れて、石でも埋まっていたのだろうか? 完全に不意打ちで受け身も取れず、派手に地面へ叩き付けられてしまう。


「っでえぇ!?」


 びたーんと身体の前面を衝撃が遅い、目の前が一瞬真っ白になった。


 ……おかしい……。救世の為の力だろう……? 石に気付けなかったのはまだ仕方無いとして、受け身も取れないってどういう事だ……。カイハニおじさんが斧を落っことした時、それは素晴らしい反応速度と瞬発力で距離を詰め、カイハニおじさんを足の指が無くなる危機から救ってみせたじゃないか……。エハアラと戦った時だって、初戦にしては中々の立ち回りを実現させていただろう……? 過信し過ぎていたとでも言うのか、単に俺がぼーっとしていただけなのか……。


「くっ……。でも案外痛くないっていう不思議ぃ……」


 丈夫さも並では無いと証明されたのは嬉しかったが、口の中に土が思いっ切り入ってしまった。


 立ち上がりながら青臭い土をぺっぺと吐き出すと、朝露を含んでどろどろになってしまった土がこびり付いた服や鎧に、テンションが下がる。


「あー……」


 無駄っぽいが、ぱんぱんと服の泥を払っていると、ふと遠くの前方から、喧噪のようなものが聞こえると頭を上げた。その拍子に、頭の上に乗っていたらしい土がぱらりと落ちる。目に入ってしまって、慌てて目を擦った。


つめいったたぁ!?」


 ううっ、ツイてねえ……。


 ごしごしと両手で擦ると、何とか痛みは和らぐ。もう大丈夫だろうかと、涙目でぼんやりする目を、恐る恐る開いた。


「……?」


 見える。もう心配は無い。痛くないし、頭を振ってみても、もう土が落ちてくる事も無かった。


 でもはっきりとした視界を、俺は疑ってしまう。


「いや……。は……?」



 だっていつの間にか、石造りの街の中に立っていたんだから。



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